第31話 響二十一年の衝撃
ロータスクラブ会場。
八王子建工集団社長。
大陸系半魚人――**張**は、すっかり上機嫌だった。
「いやぁ、今日もいい会だ。」
豪華なコース料理は終盤を迎えていた。
和食。
中華。
フレンチ。
それぞれの料理人が腕を振るった複合コース。
さらに、八王子芸者会による踊りや三味線の演奏が会場を盛り上げる。
帝国閣のオーナーが用意した山梨・甲州ワインも評判が良く、会場は終始和やかな雰囲気だった。
そして今日、一番の自慢は張自身が持ち込んだ食材だった。
大陸から仕入れた高級天然エビ。
帝国閣の料理長に加え、知り合いの中華料理人を招き、特別に作ってもらった一皿。
極上のエビチリ。
ぷりぷりの身。
濃厚なソース。
参加者たちは口々に絶賛していた。
「これは美味い。」
「流石は張社長。」
「こんなエビは初めてですよ。」
「紹興酒との相性も最高でした。」
張は満足そうに笑う。
「はっはっは。」
「気に入ってもらえて何よりだ。」
名刺交換も進む。
「張社長。」
「今度、新しいホテルを建てる計画がありまして。」
「ぜひ御社へお願いしたい。」
「うちも物流倉庫を計画しています。」
「よろしくお願いします。」
張は心の中でほくそ笑む。
(よし。)
(今日は大成功だ。)
(仕事の話も増えた。)
(料理も評判。)
(これ以上は望めん。)
メインの牛肉ステーキも食べ終えた。
甲州ワインも飲み干し、あとはデザートを食べて帰るだけ――。
張はそう思っていた。
その時だった。
会場へ数台のワゴンが静かに入ってくる。
黒服のホテルスタッフたちが、一人一人の席を回り始めた。
「失礼いたします。」
「食後酒とチーズをご用意いたしました。」
張は少し首をかしげる。
「食後酒?」
黒服は丁寧に一礼した。
「本日は特別に、数種類のウイスキーをご用意しております。」
「お好きな銘柄をお選びください。」
「では……。」
「響二十一年を。」
その瞬間。
隣にいた社長が勢いよく振り向いた。
「……今、何て言った?」
「響二十一年だと!?」
会場の空気が、一瞬で変わった。
別の席からも声が上がる。
「私は竹鶴二十一年を。」
「えっ!?」
さらに、
「白州十八年をお願いします。」
「余市もありますか?」
「ございます。」
黒服は落ち着いた口調で答える。
しかし、その心臓はまだ高鳴っていた。
会場のあちこちでざわめきが広がる。
「全部、本物なのか?」
「いや、見間違いじゃない。」
「響二十一年なんて、戦争後は一度も見てないぞ。」
「竹鶴二十一年まであるのか……。」
「白州十八年まで。」
「余市も揃ってるぞ。」
張は目の前へ運ばれてきた響二十一年を見つめる。
化粧箱。
ラベル。
瓶の色。
どこを見ても本物だった。
「……夢か?」
思わずつぶやく。
降魔戦争では蒸溜所も被害を受けた。
熟成樽は失われ、生産量は激減。
二十年以上熟成させたウイスキーなど、市場から姿を消した。
金があっても買えない。
コネがあっても手に入らない。
そんな酒が、今、目の前にある。
張は静かに黒服へ尋ねた。
「この酒は……。」
「誰が用意した?」
黒服は胸を張り、丁寧に答えた。
「魚人街の食材店、ブラックプリンス店主。」
「鱶田恭子様からのお心遣いです。」
「日頃お世話になっている皆様への感謝として、ご用意いただきました。」
会場が静まり返る。
「……ブラックプリンス?」
「魚人街の?」
「はい。」
「本日の特別サービスでございます。」
張はグラスを見つめたまま固まる。
(魚人街だと……。)
(あの”田舎者”が?)
(こんな酒を揃えられるのか……。)
会場のあちこちから感嘆の声が上がる。
「信じられん……。」
「これは事件だ。」
「ブラックプリンス?」
「一体どんな店なんだ。」
「どこから仕入れている?」
「魚屋じゃなかったのか?」
張は小さく笑った。
「甲州ワインで勝ったと思っていたが……。」
「完敗だ。」
その言葉に、ホテルオーナーも苦笑する。
「まさか食後酒で、ここまで空気を変えられるとは。」
料理長も静かにうなずいた。
「完全に主役を持っていかれましたね。」
その瞬間。
会場の主役は、誰の目にもはっきりと入れ替わっていた。
甲州ワインでもない。
極上のエビチリでもない。
名士たちの視線はすべて――
魚人街のブラックプリンスへと集まり始めていた。
そして、その衝撃は。
まだ始まったばかりだった。
ちょっと仕事が忙しいので
制作スピードが落ちます。




