第29話 魚人街の鮫
鑓水帝国閣 二階。
ロータスクラブ会場。
まだ開宴前。
会場では、八王子を代表する名士たちがグラス片手に談笑していた。
高級ホテルのオーナー。
老舗百貨店の会長。
不動産会社の社長。
建設会社の社長。
ダンジョン関連企業の経営者。
探索者装備メーカーの代表。
八王子経済を動かす人々が、一堂に集まっている。
その一角。
ホテルオーナーの一人がワインを飲みながら笑った。
「そういえば。」
「今日は魚人街の鮫が差し入れを持って来るそうですよ。」
周囲から小さな笑い声が上がる。
「魚人街?」
「ブラックプリンスだったかな。」
「魚を売ってる店だろ?」
別の社長が肩をすくめる。
「魚人街の連中にしちゃ、頑張ってる方だ。」
「まあ、干物でも持って来るんじゃないか。」
「ははは。」
何人かが笑う。
ホテルオーナーも苦笑した。
「地方の珍味なら歓迎ですよ。」
「酒のつまみくらいにはなるでしょう。」
その時。
年配の男性が静かに口を開いた。
「鱶田恭子か。」
「あの女は、ただの魚屋じゃない。」
周囲が少し静かになる。
「商売はなかなか上手い。」
「魚人街じゃ顔役だったな。」
「だが。」
別の男がグラスを回しながら笑う。
「所詮は魚人街。」
「八王子の表舞台じゃ、田舎者だろ。」
「今日はロータスクラブだ。」
「ここは本物の名士が集まる場所。」
「場違いにならなければいいが。」
再び小さな笑いが起こる。
しかし、その場にいた老舗ホテルの総料理長だけは腕を組んだままだった。
「私は少し興味があります。」
「鱶田さんが、わざわざ差し入れを持って来る。」
「それだけなら、いつもの干物や海産物でしょう。」
「でも。」
「彼女は商売人です。」
「意味のない事はしない。」
ホテルオーナーが笑う。
「何か仕掛けてきますか?」
総料理長は静かに答えた。
「ええ。」
「商売人が動く時は、必ず狙いがあります。」
「今日は少し楽しみにしていますよ。」
その頃。
会場の外では――。
恭子たちが、ゆっくりとエレベーターを降りようとしていた。
まだ誰も知らない。
魚人街の”田舎者”が持ち込もうとしている差し入れが、
このロータスクラブの空気を一変させることを。




