第27話 ロータスクラブへ
一週間後。
夕方。
魚人街のアパート。
今日は、八王子の名士たちが集まる社交会――
『ロータスクラブ』
の開催日だった。
会場は、
鑓水帝国閣。
八王子の社長。
企業オーナー。
会長。
資産家。
ダンジョン関連企業の経営者。
八王子でも指折りの名士たちが集まる、格式高い交流会である。
萌香は冷蔵庫を開けた。
一週間前に仕入れたチーズが、食べ頃になるまでゆっくり熟成されている。
「いい感じ。」
ブリー・ド・モー。
ロックフォールAOP。
一本ずつ丁寧に紙で包み、紙袋へしまう。
続いて、化粧箱に入ったウイスキーを確認する。
サントリー響二十一年。
竹鶴ピュアモルト二十一年。
白州十八年。
余市シングルモルト ノンピーテッド。
一本一本を傷付けないよう、慎重にリュックへ収納した。
「あとは……。」
「恭子さんを待つだけ。」
その時だった。
プッ。
外から短くクラクションが鳴る。
窓から見ると、シルバーのジャガーSタイプがアパートの前へ停まっていた。
「来たニャ!」
琥珀が嬉しそうに立ち上がる。
二人は荷物を抱えて外へ出た。
恭子はトランクを開ける。
「積もうか。」
「お願いします。」
萌香と琥珀でチーズとウイスキーを丁寧にトランクへ積み込む。
今日は琥珀も、いつもとは違う格好だった。
濃紺の礼装。
軍服を思わせるデザインだが、探索者用に仕立てられた式典服。
中古ではあるものの、丁寧に手入れされていて、とても品がある。
「似合ってるよ。」
萌香が微笑む。
琥珀は少し照れた。
「えへへ。」
「今日のために奮発したニャ。」
一方の恭子も、いつもの革鎧ではない。
青い海を思わせる深い蒼色のドレス。
ホホジロザメの魚人ハーフらしい堂々とした体格が、より一層映えていた。
「よし。」
「行こうか。」
三人はジャガーへ乗り込む。
車は静かに魚人街を出発した。
走り出すと、恭子が話を切り出す。
「今回の名士会。」
「ロータスクラブじゃ、商品を売るわけじゃない。」
萌香はうなずく。
「はい。」
「今日はイベント。」
「名士たちに楽しんでもらう日。」
恭子も満足そうに笑う。
「そうだ。」
「今日の酒もチーズも。」
「全部、無料。」
「景気よく振る舞う。」
琥珀が目を丸くする。
「えぇっ!?」
「全部タダですかニャ!?」
「大損じゃないですか!」
恭子はニヤリと笑う。
「商売は目先の利益だけじゃない。」
萌香も続ける。
「私もそう思います。」
「こんな凄い物を。」
「ブラックプリンスの恭子さんが無料で振る舞った。」
「そう噂になったら。」
「面白いことになりますよ。」
恭子はハンドルを握りながら笑う。
「分かってるじゃないか。」
「今日の品は。」
「連中の頭へ、ガツンと刺さる。」
「“ブラックプリンスには特別な物がある”」
「そう思わせれば勝ちだ。」
「このイベントが終わったら。」
「相談の電話が鳴り止まらなくなる。」
萌香も悪そうな笑みを浮かべる。
「お金がある所からは。」
「しっかりいただきましょう。」
恭子は大笑いした。
「はっはっは!」
「いい!」
「お前。」
「うちの店の商人より百倍商売が分かってる!」
助手席で萌香も笑う。
後部座席では、琥珀が呆れたようにため息をつく。
「二人とも……。」
「悪い顔してるニャ。」
萌香は振り返った。
「琥珀。」
「今回うまくいったら。」
「毎日マグロのお刺身、食べられるかもよ?」
琥珀の猫耳がぴんと立つ。
「にゃんだって!?」
車内に笑い声が響く。
シルバーのジャガーSタイプは夕暮れの街を抜け、
名士たちが待つ――
鑓水帝国閣へ向かって走り続けるのだった。




