第25話 名士会の切り札
魚人街ブラックプリンスに到着。
「おはようございます。」
萌香と琥珀が店へ入ると、いつもの店員が笑顔で迎えた。
「おっ、萌香ちゃん。」
「琥珀ちゃんも。」
萌香は少し緊張した様子で言う。
「あの……。」
「恭子さんに、名士会へ持っていく商品のリストを持ってきました。」
「できれば事務所でお話ししたいんです。」
店員はすぐに察したようにうなずく。
「なるほど。」
「姉さんなら今、事務所で遅い朝飯を食べてます。」
「案内します。」
「ありがとうございます。」
二人は店の奥へ案内される。
ブラックプリンスの事務所。
広い机。
壁には魚人街の地図。
金庫や帳簿が並ぶ、商人らしい部屋だった。
その奥で恭子が朝食を食べていた。
皿の上には焼いたアジの干物が数枚。
湯気の立つ湯飲み。
「おっ。」
「入れ。」
恭子はアジの干物を一枚口へ放り込み、
モグモグと噛みながら熱いお茶を飲む。
「それで。」
「リスト、見せてみな。」
萌香は少しもじもじしながら、左腕の探索者端末を操作したあと、リュックへ手を入れた。
取り出したのは、一枚の購入リスト。
「予算、四十万円ギリギリで考えてきました。」
「でも……。」
「舶来品ばかりだと目立ち過ぎます。」
「他の商人さんたちの面子も潰れちゃいますから。」
「だから。」
「ウイスキーは国産を中心にしました。」
恭子は眠そうな顔で紙を受け取る。
「ふーん。」
「国産ねぇ……。」
何気なく視線を落とす。
そして――
一行目を見た瞬間。
クワッ!!
恭子の目が大きく見開かれた。
(はぁ!?)
心の中で思わず叫ぶ。
サントリー 響 二十一年
七万八千円。
(おいおいおい……。)
(こんなもん普通じゃ手に入らないぞ。)
さらに視線を下へ移す。
竹鶴 ピュアモルト 二十一年
九万八千円。
(はぁ!?)
(竹鶴二十一年まであるのか!?)
さらに、
白州 シングルモルト 十八年
九万八千円。
(ちょっと待て……。)
(白州十八年まで……。)
最後に、
余市 シングルモルト ノンピーテッド 二本
七万円。
(余市だけでも十分主役級なのに……。)
(響、竹鶴、白州が並ぶせいで霞んで見えるとか、どういうラインナップだよ……。)
恭子の視線は、さらに下へ移る。
ブリー・ド・モー AOC ホール(二キロ)
ロックフォール AOP(一キロ)
(ブリー・ド・モーのホール!?)
(しかもロックフォールAOP!?)
(こんなのヨーロッパ航空便でも、そうそう入って来ないぞ……。)
(いや、手に入っても名士クラスしか買えない……。)
恭子はゆっくりと顔を上げた。
鮫のような口元が、にぃっと大きく裂ける。
その後ろでは、興奮を隠しきれない尻尾が、
ビタン。
ビタン。
ビタンッ!!
と床を力強く叩いていた。
「……いいねぇ。」
低い声で笑う。
「萌香。」
「これは。」
「札束でぶん殴るような商品構成だ。」
萌香は少し不安そうに聞く。
「やり過ぎですか?」
恭子は首を横に振る。
「いや。」
「絶妙だ。」
「舶来品は最低限。」
「酒は全部国産。」
「なのに。」
「中身は全部、とんでもない化け物ばかり。」
恭子は笑いが止まらない。
「この八王子ダンジョンのおかげで金を持った連中が。」
「心の底から腰を抜かす品揃えだ。」
萌香と琥珀は顔を見合わせる。
「本当ですか?」
「ああ。」
恭子は断言した。
「この商品なら。」
「末端価格は全部五倍でも売れる。」
萌香は目を丸くする。
「五倍……。」
「名士連中は値段じゃ買わない。」
「『手に入るかどうか』で買うんだ。」
恭子は立ち上がる。
興奮で尻尾は今も床を叩き続けている。
「いい。」
「実にいい。」
「名士会が荒れるねぇ……。」
鮫のような笑みがさらに深くなる。
「ゾクゾクしてきたよ。」
萌香も思わず笑みを浮かべた。
名士会まで、あとわずか。
ブラックプリンスの名を、八王子中へ轟かせる商売が――
いよいよ始まろうとしていた。




