第20話 名士の集まりで必要な物
大型電気店をあとにした三人は、地下駐車場へ戻ってきた。
シルバーのジャガーSタイプが静かに待っている。
恭子が運転席へ乗り込む。
萌香は助手席。
琥珀は後部座席へ座った。
エンジンが静かに目を覚ます。
車はゆっくりと地下駐車場を出て、八王子駅前の街へ滑り出した。
左腕の探索者端末を眺めながら、萌香は嬉しそうに笑う。
「便利だなぁ。」
「こんな端末があるなんて。」
恭子は前を向いたまま微笑む。
「今じゃ探索者の必需品だからね。」
しばらく静かな時間が流れる。
萌香はふと、昼食の時の話を思い出した。
「あの……。」
「ん?」
「恭子さんが言っていた名士の集まりって。」
「いつあるんですか?」
恭子はハンドルを握りながら答えた。
「毎月十五日。」
「今月は――」
「鑓水帝国閣だ。」
萌香は少し驚く。
「帝国閣?」
「鑓水では一番格式の高い式場さ。」
「結婚式や大企業のパーティーも開かれる。」
「その名士会も、毎月そこでやってる。」
萌香は小さくうなずく。
(なるほど。)
(富裕層向けの営業会場ってことか。)
少し考えてから、もう一つ質問する。
「その……。」
「恭子さん。」
「名士の皆さんには、何を持っていけば喜ばれるんですか?」
恭子は少しだけ口元を緩めた。
「いい質問だ。」
「口が肥えた連中ばかりだからね。」
「安物じゃ喜ばない。」
「今回は――」
少し考えてから続ける。
「洋酒。」
「チーズ。」
「それに果物を少し。」
「それだけで十分。」
萌香は首をかしげる。
「もっと色々持っていかないんですか?」
恭子は首を横に振る。
「やり過ぎは駄目だ。」
「私だけ目立ち過ぎると。」
「他の商人の顔を潰すことになる。」
「商売ってのは、自分だけ儲ければいい世界じゃない。」
「みんなとの付き合いも大事なんだ。」
萌香は静かに聞き入る。
これもまた、社畜時代には学べなかった商売の世界だった。
信号待ちで車が止まる。
恭子はジャケットの内ポケットから一つの封筒を取り出した。
「萌香。」
「はい。」
「これ。」
助手席へ封筒を差し出す。
萌香が受け取ると、中には札束が入っていた。
「三十万円。」
「えっ?」
「名士会用の仕入れ資金だ。」
「私の顔が、あいつらに少し売れればそれでいい。」
「無理に利益を出そうとは思わない。」
「まずは信用を作る。」
萌香は封筒を見つめる。
そして、自分の封筒を取り出した。
中から十万円を加える。
「恭子さん。」
「私も出します。」
「十万円。」
「これで予算は――」
「四十万円。」
恭子はちらりと萌香を見る。
「いいのかい?」
萌香はにやりと笑った。
「投資ですよ。」
「ここで成功すれば。」
「何倍にもなって返ってきます。」
「やってやりますか。」
その笑顔は、どこか獲物を見つけた商人そのものだった。
後部座席から琥珀が身を乗り出す。
「萌香……。」
「ん?」
「今。」
「すっごく悪い顔してるニャ。」
一瞬、車内が静まり返る。
次の瞬間。
「はっはっはっ!」
恭子が腹を抱えて笑い出した。
「いい!」
「その顔だ!」
「商売人ってのは、それくらい欲があっていい!」
萌香も照れ笑いを浮かべる。
「そんな顔してました?」
「してたニャ。」
琥珀はくすくす笑う。
ジャガーは夕暮れの八王子を静かに走っていく。
十五日。
鑓水帝国閣。
そこには八王子の名士たちが集う。
そして萌香にとって初めての――
本格的な商売の舞台が、すぐそこまで近づいていた。




