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転生したら、もう一つの日本でした ~社畜OLは本物のチョコで魚人街を変えていく~  作者: ケロン藤野


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第18話 恭子の奢り


八王子市役所を出た三人は、駅前の商店街を歩いていた。


萌香は財布から何度も新しい身分証を取り出しては眺める。


「まだ信じられないなぁ。」


「これで私も、この世界の住人なんだ。」


恭子は豪快に笑った。


「そんなに何回も見なくても逃げやしないさ。」


「えへへ。」


萌香は照れ笑いを浮かべる。


恭子は腕時計を見た。


「昼飯にしよう。」


「今日は私のおごりだ。」


「えっ?」


萌香と琥珀が同時に驚く。


「身分証のお祝いさ。」


「遠慮するんじゃない。」


三人は駅前から少し歩いた定食屋へ入る。


木製の看板には、


『お食事処 みなと』


と書かれていた。


木のテーブル。


少し年季の入った椅子。


昼休みの会社員や探索者で賑わう、ごく普通の定食屋だった。


店へ入ると、店主が恭子を見るなり笑顔になった。


「鱶田さん!」


「いつもありがとうございます!」


「安く魚を卸してもらって、本当に助かってます。」


恭子は照れくさそうに笑う。


「魚は、うちら魚人が海で獲ってるからね。」


「魚なんて、うちからすればタダみたいなもんさ。」


「その代わり……。」


メニューを指差す。


「魚以外は高い。」


萌香もメニューを見る。



焼きサバ定食 1,300円


豚の生姜焼き定食 2,400円


牛焼肉定食 3,200円


玉子焼き定食 1,900円



「やっぱり高いですね……。」


恭子はうなずく。


「卵。」


「豚肉。」


「牛肉。」


「どれも戦争の影響を引きずってる。」


「外国から安い飼料が入らなくなったから、生産量が少ない。」


「だから高い。」


店主も苦笑した。


「昔は卵なんて毎日食べられましたからね。」


「今じゃ立派なごちそうですよ。」


恭子は続ける。


「それに日本人は昔から舶来物をありがたがる。」


「外国の酒。」


「コーヒー。」


「チョコレート。」


「香辛料。」


「そういう物は、とんでもない値段になる。」


萌香は静かにうなずいた。


この世界では、自分のリュックから出せる物が、想像以上の価値を持っている。


三人は焼きサバ定食を注文した。


しばらくして運ばれてきた定食は、とても質素だった。


炊きたての白いご飯。


味噌汁。


漬物。


小鉢。


そして、脂の乗った焼きサバ。


豪華ではない。


それでも魚だけは驚くほど美味しかった。


「いただきます。」


萌香は焼きサバを一口食べる。


「おいしい……。」


店主は嬉しそうに笑う。


「そのサバも、鱶田さんのところから仕入れてるんですよ。」


「だから、うちは魚だけは自信があります。」


恭子は湯飲みを置いた。


「この店とは長い付き合いでね。」


「魚は安く卸してる。」


「普通なら、この定食もあと三百円か四百円は高いよ。」


萌香は感心したように恭子を見つめた。


「恭子さんって、本当に面倒見がいいんですね。」


「世話になった人には返す。」


「商売ってのは、それの積み重ねさ。」


食事が半分ほど進んだ頃。


恭子は萌香へ視線を向けた。


「萌香。」


「はい?」


「お前は何か神がかった力を持ってる。」


「本物の果物。」


「本物のチョコレート。」


「高級ウイスキー。」


「普通なら、その力で一気に儲けようと考える。」


恭子は真剣な表情になる。


「さて。」


「お前なら、これからどう攻める?」


萌香は箸を止めた。


「うーん……。」


腕を組み、真剣に考え込む。


(何を売れば一番儲かる?)


(でも、それだけじゃ長続きしない……。)


考え込んでいると、隣から小さな声が聞こえた。


「萌香。」


琥珀が味噌汁のお椀を持ちながら笑う。


「味噌汁、冷めるニャ。」


「あっ!」


萌香は慌てて味噌汁を飲む。


「熱っ!」


琥珀が思わず吹き出した。


「考えすぎニャ。」


「ご、ごめん。」


三人の間に笑いが広がる。


萌香は一息つくと、恭子を見た。


「恭子さん。」


「ん?」


「質問を質問で返してしまって、ごめんなさい。」


「でも……。」


「恭子さんは、何が欲しいですか?」


恭子は少し驚いた顔をした。


「今までは。」


「私が何となく売れそうな物を持ってきました。」


「でも、それじゃ駄目ですよね。」


「本当に必要とされる物を知りたいんです。」


数秒、沈黙が流れる。


やがて恭子の口元が、鮫のようにゆっくりと吊り上がった。


「いいねぇ。」


「その質問。」


「商人らしくなってきたじゃないか。」


萌香は照れ笑いを浮かべる。


恭子はお茶を一口飲み、静かに話し始めた。


「実はね。」


「月に一度。」


「八王子の名士が集まる会がある。」


「私も、その会員なんだ。」


「名士……。」


「ホテルの社長。」


「老舗旅館の主人。」


「銀行の頭取。」


「医者。」


「大学教授。」


「政治家。」


「みんな金持ちばかりさ。」


萌香は真剣に耳を傾ける。


恭子は続けた。


「日本人の金持ちは。」


「昔から舶来物が大好きだ。」


「外国の酒。」


「チョコレート。」


「コーヒー。」


「紅茶。」


「チーズ。」


「香辛料。」


「そんな本物を揃えられたら、みんな飛びつく。」


その瞬間。


萌香の頭の中で、社畜時代に叩き込まれた営業とマーケティングの知識が一本につながった。


(一般客じゃない。)


(富裕層を狙う。)


(本物だけを扱う。)


(品質で勝負する。)


萌香はゆっくりとうなずく。


「分かりました。」


「まずは、その名士の人たちが喜ぶ商品を揃えてみます。」


恭子は満足そうに笑った。


「そうだ。」


「商売は、自分が売りたい物を売るんじゃない。」


「客が欲しい物を売る。」


「それが商売人だ。」


萌香も力強くうなずく。


「ありがとうございます。」


「勉強になりました。」


店の外では、夏の風が暖簾を揺らしていた。


萌香の新しい商売は――


この一食の昼ご飯から、大きく動き始めようとしていた。

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