第14話 琥珀の覚悟
夕食を食べ終えた翌日。
萌香はブラックプリンスから受け取った三十万円の入った封筒をテーブルへ置いた。
「琥珀。」
「これ。」
封筒の中身を半分に分ける。
十五万円。
十五万円。
「はい。」
琥珀は首をかしげる。
「え?」
「家賃。」
「光熱費。」
「食費。」
「しばらく住まわせてもらうんだから。」
「半分受け取って。」
琥珀は慌てて首を振った。
「む、無理!」
「こんな大金!」
「受け取れないよ!」
萌香は笑う。
「遠慮しない。」
「私は商売で稼いだ。」
「でも、琥珀がいなかったら魚人街にも入れなかった。」
「ブラックプリンスとも繋がれなかった。」
「だから共同経営。」
「半分は当然。」
琥珀はしばらく黙っていた。
そして、小さくうなずく。
「……ありがとう。」
封筒を大切そうに抱きしめた。
「でも。」
「萌香。」
「そのうち絶対バレる。」
萌香の表情も真剣になる。
「うん。」
「私もそう思ってる。」
「急に稼ぎ始めたら目立つ。」
「だから、これから先は慎重に動かないと。」
琥珀は自分の斧を見つめた。
刃は何度も研ぎ直され、小さな欠けが目立つ。
柄には補修の跡。
安物だった。
「私ね。」
静かに話し始める。
「探索者としては普通なんだ。」
「戦う才能も。」
「身体能力も。」
「特別じゃない。」
萌香は黙って聞いていた。
「でも。」
「装備だけはずっと悪かった。」
壁に立て掛けられた武器を指差す。
古びた棍棒。
刃こぼれした作業用ナイフ。
そして、大陸製の粗悪な鉄で作られた斧。
「全部安物。」
「お金がなくて。」
「これしか買えなかった。」
「符呪付き武器なんて夢。」
「魔力電池シリンダーなんて、一回も使ったことがない。」
琥珀は苦笑する。
「探索者になって五年。」
「ずっとEランク。」
「昇格試験も何度も落ちた。」
「みんなから。」
少しだけ寂しそうに笑う。
「『万年Eランク』。」
「『スカベンジャー猫』。」
「『ゴミ拾い専門』。」
「そうやって笑われた。」
萌香は何も言わない。
琥珀の言葉を最後まで聞く。
「でもね。」
「私、本当は探索者を辞めたくなかった。」
「もっと強くなりたかった。」
「仲間も欲しかった。」
猫耳が少し伏せる。
萌香はゆっくり立ち上がる。
そして琥珀の前へ座った。
「じゃあ。」
「強くなろう。」
「え?」
「今まで強くなれなかったのは。」
「才能じゃない。」
「装備が足りなかっただけ。」
萌香は真っ直ぐ琥珀を見る。
「私は戦えない。」
「でも。」
「お金を稼ぐことはできる。」
「琥珀。」
「あなたは私を守る。」
「私はあなたを支える。」
「それでいいじゃない。」
琥珀の目に涙が浮かぶ。
「そんなこと……。」
「誰も言ってくれなかった。」
萌香は少し照れくさそうに笑う。
「会社にもいたよ。」
「能力があるのに、道具がなくて結果を出せない人。」
「私はそんな人を何人も見てきた。」
「だから分かる。」
「琥珀は弱いんじゃない。」
「まだ、本当の力を出せてないだけ。」
琥珀はぎゅっと拳を握る。
そして十五万円の封筒を胸に抱いた。
「決めた。」
「このお金で。」
「ちゃんとした武器を買う。」
「ちゃんとした防具も買う。」
「そして。」
まっすぐ萌香を見る。
「私は強くなる。」
「萌香を守れる探索者になる。」
萌香は笑顔で手を差し出した。
「よろしく。」
琥珀も笑って、その手を握る。
「よろしく!」
小さなアパートで交わされた約束。
それは、商人と探索者。
二人が本当の相棒になるための、最初の一歩だった。




