第13話 業務チョコの値段
魚人街。
食材店ブラックプリンス。
カランカラン。
店の扉を開けると、いつものように魚人たちの威勢のいい声が飛び交っていた。
「いらっしゃい!」
「あっ。」
「琥珀ちゃん。」
店員が笑顔を向ける。
その後ろには、大きな段ボール箱を抱えた萌香。
「また買取?」
「はい。」
琥珀が答える。
「今日は姉さんに見てもらいたい物がある。」
その一言で店員の表情が変わる。
「またか……。」
「ちょっと待ってて。」
店員は奥へ走っていく。
「姉さん!」
「例の二人が来ました!」
奥から豪快な声が響く。
「また面白い物でも持ってきたのかい?」
のっし、のっし。
二メートル三十センチの巨体が現れる。
ホホジロザメの魚人ハーフ。
食材店ブラックプリンスの女主人。
鱶田恭子。
「今日は何だい?」
萌香は段ボールをカウンターへ置いた。
「チョコレートです。」
「ほう?」
恭子は箱を見る。
『製菓用ブラックチョコレート 1.5kg』
見慣れない文字。
見慣れない箱。
「開けてみな。」
萌香が箱を開く。
その瞬間。
ふわり。
濃厚なカカオの香りが店いっぱいに広がった。
店員全員が動きを止める。
「うわ……。」
「この匂い。」
「本物だ。」
恭子は無言で塊を一つ手に取る。
包丁で少しだけ削る。
口へ入れる。
ゆっくりと味わう。
目を閉じたまま数秒。
そして。
「ははっ。」
豪快に笑った。
「参ったね。」
「こんな物まで持ってくるとは。」
店員たちも緊張した表情で見守る。
恭子はチョコを箱へ戻した。
「これは製菓用だ。」
「菓子職人が一番喜ぶ。」
「高級ホテル。」
「高級洋菓子店。」
「高級レストラン。」
「どこも欲しがる。」
萌香が尋ねる。
「売れますか?」
「売れるどころじゃない。」
「取り合いになる。」
恭子は腕を組みながら考え込む。
「ただし。」
「一気に市場へ流せない。」
「量が多すぎる。」
「だから予約販売になるね。」
店員が帳簿を持ってくる。
「姉さん。」
「今なら龍神ホテル。」
「ホテル八王子。」
「白鳳ホテル。」
「三軒とも製菓用チョコを探してます。」
「だろうね。」
恭子は笑った。
「この品質なら。」
「一箱二十万円でも売れる。」
琥珀が思わず叫ぶ。
「に、二十万円!?」
恭子は苦笑した。
「それだけ希少なんだよ。」
「でも。」
「うちは商売。」
「利益も必要。」
少し考え、
萌香を見た。
「今回は。」
「一箱十五万円で買おう。」
「え?」
「二箱だから。」
「三十万円。」
店内が静まり返る。
三十万円。
E級探索者の琥珀なら、数か月働いてようやく届く金額だった。
萌香も言葉を失う。
「三十万円……。」
恭子は笑う。
「安いと思うなら他へ行ってもいい。」
「でも。」
「他じゃ、この値段は出せない。」
萌香は首を横に振る。
「いいえ。」
「お願いします。」
「売ります。」
恭子は豪快に笑った。
「商談成立!」
店員が金庫から現金を運んでくる。
札束がカウンターへ積み上がった。
「三十万円。」
萌香は両手で受け取る。
その重みに思わず息をのんだ。
恭子は真剣な表情になる。
「萌香。」
「はい。」
「これだけは覚えておきな。」
「こんな品質のチョコを毎週何十箱も持って来たら。」
「必ず誰かが調べ始める。」
「だから少しずつ。」
「細く長く売る。」
「それが一番儲かる。」
萌香は深くうなずいた。
「分かりました。」
「焦らず。」
「信用を積み重ねます。」
恭子は満足そうに笑った。
「それでいい。」
「商売は信用が一番の財産だからね。」
萌香と琥珀は顔を見合わせる。
「また一歩前進だね。」
「うん!」
二人は三十万円の入った封筒を抱えながら、笑顔でブラックプリンスをあとにした。
魚人街に、新しい商人の風が吹き始めていた。




