第11話 豪華な晩御飯
第11話 豪華な晩ごはん
ブラックプリンスを出ると、魚人街の市場は夕飯の買い物客で賑わっていた。
魚を焼く香ばしい匂い。
醤油の香り。
湯気を立てる屋台。
「お腹空いたね。」
萌香がお腹を押さえる。
「うん……。」
琥珀のお腹も、
ぐぅぅぅ。
と可愛く鳴った。
二人は顔を見合わせて笑う。
萌香は封筒に入った八万円を見つめる。
「今日は頑張ったし。」
「少しくらい贅沢してもいいよね?」
琥珀の耳がぴくりと動く。
「いいの?」
「もちろん。」
「何食べたい?」
琥珀は少し考え込む。
「うーん……。」
「魚人街なら。」
「あそこかな。」
指差した先には、大きなのれんが掛かった店。
『魚専門 龍神丸』
魚人街でも人気の持ち帰り専門店だった。
店先には、その日に水揚げされた魚が並んでいる。
「ここ。」
「海鮮丼がおいしいんだ。」
萌香も看板を見る。
龍神丸
本日のおすすめ
・龍神丸スペシャル海鮮丼 2,500円
・まぐろ丼 1,800円
・サーモン丼 1,900円
・炙り三種丼 2,100円
⸻
「龍神丸スペシャル?」
「うん。」
琥珀は目を輝かせる。
「その日一番おいしい魚を、店長さんが選んで乗せてくれるんだ。」
「人気だから、夕方には売り切れることも多いよ。」
萌香はメニューを見つめる。
「これにしよう。」
「えっ?」
「今日はお祝い。」
「私たち、初めて商売で成功したんだから。」
琥珀は思わずごくりと唾を飲んだ。
「こ……これにしようニャ。」
最後に思わず「ニャ」が付いてしまう。
萌香は吹き出した。
「ふふっ。」
「今、ニャって言った。」
「ち、違う!」
琥珀は耳まで真っ赤になる。
「たまに出るだけニャ……。」
「あ、また。」
「もうっ!」
恥ずかしそうに尻尾をぶんぶん振る琥珀を見て、萌香は笑いが止まらなかった。
二人は龍神丸スペシャル海鮮丼を二つ注文した。
店主の魚人が、手際よくご飯を盛る。
その上へ。
マグロ。
真鯛。
サーモン。
ブリ。
イカ。
甘エビ。
イクラ。
その日おすすめの魚が豪快に盛り付けられていく。
「お待ち!」
出来上がった海鮮丼は、宝石箱のように輝いていた。
「すごい……。」
萌香は思わず声を漏らす。
「これで二千五百円?」
「魚人街だからね。」
琥珀は嬉しそうに笑う。
「魚だけは安くておいしいんだ。」
会計を済ませ、店を出ようとした時だった。
萌香の目が隣の惣菜コーナーで止まる。
炭火でこんがり焼かれた鮭のハラミ。
脂がじゅわっと輝いている。
『焼き鮭ハラミ 一切れ 450円』
「これ。」
「明日の朝ごはんにしよう。」
「賛成ニャ!」
「またニャって言った。」
「うぅ……。」
琥珀は照れて耳を伏せる。
二人は笑いながら、焼き鮭ハラミも二切れ買った。
夕暮れの魚人街を歩く。
市場は少しずつ店じまいを始めていた。
焼き魚の香り。
魚人たちの笑い声。
ケットシーの子どもたちが元気に走り回る。
どこか懐かしい、温かい夕暮れだった。
アパートへ戻る。
小さなテーブルへ海鮮丼を並べる。
蓋を開けた瞬間。
「わぁ……。」
二人の声が重なった。
色鮮やかな刺身が、夕日のように輝いている。
「いただきます。」
手を合わせる。
一口。
新鮮な魚の旨味が口いっぱいに広がる。
「おいしい!」
萌香の目が輝く。
琥珀も夢中で頬張る。
「幸せニャ……。」
「あっ。」
「またニャ。」
「もう、笑わないでニャ。」
萌香はくすくす笑いながら、海鮮丼を口へ運ぶ。
「ごめん。」
「でも、かわいいから。」
琥珀は少し照れながら笑った。
「じゃあ、今日は特別。」
「いっぱいニャって言うニャ。」
「ふふっ。」
戦争の傷跡が残る世界。
貧乏なケットシーのアパート。
それでも今夜の食卓は、とても豪華だった。
二人は笑い合いながら海鮮丼を食べ続ける。
異世界で初めてできた友達と囲む晩ごはんは、何よりも温かく、何よりも幸せな時間だった。




