第8話 夜に蠢く影
月明かりが、巨大な校舎をぼんやりと照らしている。
その校門へ、二つの影が近づいていた。
「……静かだね」
「当たり前だ。夜中なんだからな」
「でも、なんだかワクワクするね」
「お前は遠足にでも来たのか?」
「だって夜の学園なんて、なかなか見られないじゃん」
「……呆れた奴だ」
レオンはため息をつく。
二人が校門へ近づいたその時、
「……あら?」
月明かりの下、向こう側から、別の二人の姿が見えた。
「…………」
「…………」
お互いに歩みを止め、僕は目を凝らす。
「わあああああっ!?」
「きゃあああああっ!?」
二人の声が、静まり返った夜の学園に響き渡った。
「リリアーヌさん!な、なんでここに!?」
「そ、それはこちらの台詞ですわ!」
リリアーヌさんの尻尾が、驚いたように大きく膨らんでいる。
その隣では、ランタンを持った青年が涼しい顔をしていた。
「…………」
そしてレオンも、呆れたような顔をしている。
「……何やってんだ」
「だって、急に人が出てきたらびっくりするよ!」
「お嬢様」
青年はリリアーヌさんを見ながら、穏やかに告げた。
「大きな声を出すのは、はしたないですよ」
「わ、分かっていますわ!」
リリアーヌさんは頬を赤くする。
「ですが、こんな夜中に人がいるとは思わなかったのですもの!」
「僕も!」
「お前は黙れ」
「なんで!?」
レオンの冷たいツッコミが飛び、リリアーヌさんは改めて僕を見る。
「それで……ルカはどうしてこんな時間に?」
「盗難事件が気になって」
「やっぱり……」
リリアーヌさんは小さく息を吐いた。
「わたくしも同じですわ」
「じゃあ、一緒だね!」
「ええ」
二人が顔を見合わせるが、その横でレオンと青年も互いを見た。
「…………」
「…………」
言葉はないが、二人は同時に、校舎の奥へ視線を向けた。
レオンの鮮やかな緑色の瞳が、僅かに細くなる。
感情が動いた時にだけ現れる、蛇のような瞳孔。
(……魔物か)
気配がするが、それほど強くはない。
だが、確かに学園内に何かがいる。
一方、青年も穏やかな表情を崩さない。
(……雑魚の魔物ですか)
気配の方向を探る。
(お嬢様の敵でもない)
ならば、今すぐ動く必要はない。
青年は何事もなかったかのように視線を戻した。
「私はお嬢様の専属の執事をしております。セドリック・ヴァレンタインでございます。ルカ様、レオン様。参りましょうか」
「うん!」
「ええ!」
「……仕方ない」
四人は揃って、夜の魔界能力学園へ足を踏み入れた。
――同じ頃、校舎にある職員室。
当然、今の時間は先生たちは誰もいない。
その暗闇の中で、
「ヒヒッ……」
一匹の魔物が、先生たちの机を物色していた。
「まったく……バルガさんも魔物使いが荒いぜ」
愚痴をこぼしながら、引き出しを開けていく。
「もっと盗ってこい、もっと盗ってこいって……」
予備の魔法道具に、学園に関わる書類。
目についた物を次々と確認していく。
「ヒヒッ……やっぱりここは色々あるな」
魔物は机の上に置かれていた学園の資料へ手を伸ばした。
「生徒の資料まであるじゃねぇか」
パラパラとページをめくり、
「へぇ……こいつは能力が――」
次々と生徒たちのプロフィールを読み漁っていく。
そして、一枚の紙に目が止まった。
「…………ん?」
そこに書かれていた名前。
――ルカ・アルテミス。
「こいつ……」
魔物が目を細め、
「無能力者?」
さらに、その名前を見直す。
「……しかもアルテミスじゃねぇか」
口元が、ゆっくりと歪む。
「ヒヒッ……」
有名なアルテミス家の、その名を持つ少年が、無能力者。
「こりゃ面白ぇ……」
魔物は愉快そうにプロフィールを眺め、
「…………」
ルカのプロフィールを爪で破った。
「ヒヒッ……」
その時、魔物の耳がぴくりと動いた。
「…………」
遠くから微かな足音が聞こえる。
「……誰か来やがったか?」
魔物の表情から笑みが消え、
「……ヒヒッ」
身体を暗闇へ滑り込ませる。
月明かりすら届かない場所へ、完全に気配を消した。
「…………」
そして、職員室の扉の向こうを、四人の影が通り過ぎていく。
魔物は息を潜めながら、彼らを見つめていた。
「……ヒヒッ」
小さな笑い声が、暗闇の中に消えた。
――夜の魔界能力学園。
盗難事件を無断で追う四人。
そして、彼らを密かに見つめる一匹の魔物。
まだ誰も知らない。
この夜が、ただの盗難事件では終わらないことを。




