第6話 忍び寄る影
模擬戦の授業が終わり、休憩時間に入った。
「ふぅ……疲れたぁ」
僕は教室へ戻るなり、自分の席に座った。
先ほどまでの模擬戦で、身体は少し疲れている。
それでも表情はいつも通り明るかった。
「リリアーヌさん、凄かったね!」
「……当然ですわ」
リリアーヌさんは少し得意げに胸を張る。
その背後では、尻尾が嬉しそうに揺れていた。
「レオンも凄かった!」
「……知らない」
レオンは机に頬杖をつき、そっけなく返す。
「えー、もっと褒めていい?」
「褒めるな」
「なんで?」
「うるさいからだ」
「そっかぁ」
「…………」
レオンの緑色の瞳が細くなる。
そんなやり取りをしていたその時、
『――学園の生徒諸君』
突然、教室のスピーカーから声が響いた。
「え?」
僕が顔を上げる。
それは、学園長の声だった。
『休憩時間中に突然申し訳ない。だが、緊急集会を行う。これより全校生徒は体育館へ集合したまえ』
放送が切れると、教室が一気にざわめく。
「緊急集会?」
「何かあったのか?」
「この時間に?」
僕が首を傾げ、
「どうしたんだろう?」
リリアーヌさんが廊下へ目を向けた。
「先程、先生方が慌ただしくしておりましたから……何かあったのですわ」
「先生たちが?」
「ええ。何人もの先生が、何かを確認しているようでしたわ」
「そっか……」
僕は少し考える。
一方、レオンは立ち上がりながら、
「……どうでもいい」
「レオンは気にならないの?」
「興味ない」
「でも集会だから行かないとね」
「…………」
レオンはため息をついた。
全校生徒が集められたことで、広いはずの体育館は人で埋め尽くされていた。
しかし、先程の入学式の時とは、明らかに空気が違う。
「何があったんだ?」
「先生たち、なんか変じゃない?」
「さっきからずっとコソコソ話してるぞ」
壇上の隅では、先生たちが小声で話し合っている。
「……まだ確認できていないのか?」
「はい。こちらのクラスでも被害が確認されています」
「警備の記録は?」
「現在、調査中です」
「一体どうやって……」
その表情には、明らかな焦りが浮かんでいた。
僕も、その様子をじっと見つめている。
「やっぱり、何かあったんだ」
隣に立つリリアーヌさんも頷いた。
「ええ。かなり深刻そうですわね」
レオンは腕を組んだまま、面倒そうに前を向いている。
「…………」
やがて、壇上へ学園長が上がった。
普段なら穏やかな笑顔を浮かべている学園長だが、今は表情が険しい。
「諸君」
マイクを通した声が体育館へ響き、ざわめきが少しずつ収まっていく。
「休憩時間にもかかわらず、集まってもらって悪い」
学園長は生徒たちを見渡し、
「実は先程学園内で、盗難事件が発生した」
「…………」
体育館が静まり返った。
「盗難?」
「何が盗まれたんだ?」
「まさか……」
生徒たちがざわめき始めるが、学園長は続けた。
「各クラスにおいて、生徒たちが教室に置いていた貴重品や魔法道具が盗難されてしまった」
「魔法道具まで!?」
「俺の財布……」
「魔導書は大丈夫だよな?」
不安そうな声が次々と上がる。
「現在、教師陣が被害状況を確認している」
学園長の声は落ち着いているが、その表情からは緊張が消えていない。
「幸い、生徒たちに怪我はない」
生徒たちから、少しだけ安堵の声が漏れ、
「だが――」
学園長の表情が険しくなる。
「問題は、犯人がどのようにして学園内へ侵入し、施錠された教室から物品を盗み出したのか。その手口が、未だ分かっていないことだ」
「…………」
僕が目を見開くと、
「鍵が掛かってたのに……?」
リリアーヌさんも眉をひそめた。
「妙ですわね……」
その時、周囲の生徒たちから、小さな声が聞こえてきた。
「……もしかして、ニュースとかで騒がれてる犯罪者集団じゃねえの?」
「シャドウ・ハンズ?」
「知ってる、知ってる。病院とかも盗難被害があったんだろ?」
「そうそう。魔法道具とか、注射器、薬とか……」
「じゃあ今回も……?」
僕は、その名前を聞き逃さなかった。
「……シャドウ・ハンズ」
初めて聞く名前だったが、その響きは妙に不気味だった。
「犯罪者……」
「ええ」
リリアーヌさんが小さく頷く。
「随分と物騒な名前ですわね」
「うん……」
僕は体育館を見渡すと、不安そうな生徒たちに慌ただしく動く先生たちが目に入る。
そして、険しい表情の学園長の顔を見ると、ただの盗難事件と片付けるには、何かがおかしい気がした。
「…………」
僕の胸に、嫌な予感が残ったのだが、
「諸君」
学園長の声が再び響く。
「犯人については、現在調査中だ。くれぐれも自分たちだけで犯人を探そうなどとは考えないように」
その言葉に、僕は黙って頷いた。
――その頃、学園から遠く離れた薄暗い建物の中では、
「ガブッ!ムシャムシャ……!」
巨大なオーガが、骨付き肉にかぶりついていた。
盛り上がった筋肉に、二本の角。
そして、その身体に負けないほどの巨大な食欲。
「んぐ……ごくん!」
一本食べ終えると、すぐに次の肉へ手を伸ばす。
「ガブッ!ムシャムシャ……!」
その前に並べられているのは、あの財布や魔法道具。
そして、一冊の古びた魔導書までも。
「ん?」
オーガ――バルガ・グラディオが盗品へ目を向けた。
「どこからこんないいもん盗んできたんだ?」
「へへっ!」
盗みに入った魔物が胸を張る。
「魔界能力学園ですゼ!」
「グリモワール?」
「へい! なかなかいいのばかりで!」
「へぇ~」
バルガは魔導書を手に取ると、乱暴にパラパラとページをめくる。
「おお……なんかスゲェこと書いてあるな」
「でしょう?」
「これ、売ったら高いのか?」
「それはもう」
「じゃあいいじゃねぇか!」
バルガは豪快に笑う。
「それにしても、学園なんかにこんなにいい物があるんだな!」
「へい!」
「警備も厳重なんだろ?」
「そうですゼ。結構ヒヤヒヤしましたけどね」
「だったら――」
バルガはニヤリと笑い、
「もっと取ってこい!」
「……へ?」
「どんどん取ってこい!」
「で、でも……魔法警察に見つかったら……」
「逃げりゃいいだろ!」
「…………」
「取れるなら取る!」
再び豪快に笑い、また肉へかぶりつく。
「ガブッ!うめぇ!」
そして、何事もなかったように次の肉へ手を伸ばした。
「グリモワールには、まだまだいっぱいあるんだろ?」
「まあ……そうですけど」
「じゃあ全部持ってこい!」
「へ、へい!」
魔物が慌てて頭を下げるが、バルガはそんなのを気にすることなく、肉をむさぼり続ける。
「ムシャムシャ……!」
――こうして、バルガのあまりにも単純な指示によって。犯罪者集団による学園への盗難は、さらに激しくなっていくことになる。




