第45話 4人の絆は永遠(とわ)に
窓から差し込む柔らかな日差しの中、リリアーヌさんはゆっくりと目を開けた。
「…………ここは……」
「気がつきましたか?」
傍らにいた看護師が優しく声をかける。
「ここは病院ですよ。しばらく安静にしていてくださいね」
「……そう、でしたわね」
リリアーヌさんは小さく頷いた。
マリアさんの能力によって心を惑わされていた彼女は、事件の後、病院へ運ばれていた。
身体だけでなく、心の回復にも時間が必要だった。
医師からも、しばらく入院して治療に専念するよう告げられていた。
「……皆さんは……」
「お友達のことですか?」
「はい……」
「今は治療を優先しましょう。元気になったら、きっと会えますよ」
「……そうですわね」
リリアーヌさんは窓の外へ視線を向けた。
青空が広がっている。
また、みんなと一緒に笑いたい。
そのためにも、今はしっかり回復しなければならない。
「……わたくし、頑張りますわ」
そう呟き、リリアーヌさんは静かに目を閉じた。
一方、その頃学園の訓練場では、僕とレオンが向かい合っていた。
そして、少し離れた場所にはセドリックさんが立っている。
「それでは、お二人とも準備はよろしいですか?」
「うん! いつでもいいよ!」
「問題無し」
「それでは、始めてください」
セドリックさんの合図と同時に、僕が地面を蹴った。
「はぁっ……!」
僕は、自分の身体一つでレオンへと接近する。
対するレオンは、指先から毒の針を放った。
「そこか……!」
「残念!」
僕は身体をひねって毒針をかわすと、そのままレオンの懐へ飛び込んだ。
しかし、レオンの足元から蛇が現れ、
「うわっ!?」
僕は咄嗟に後方へ跳び、距離を取った。
「今のは惜しかったな」
「もう少しだったのに!」
「戦闘中に油断するな。俺の能力は毒針だけじゃないからな」
レオンが指先を動かすと、蛇が鎌首をもたげ、僕の動きを警戒する。
無能力者である僕には、魔法も特殊な能力もない。
しかし、幼い頃から身につけてきた武術がある。
相手の動きを見極め、最小限の動作で攻撃をかわし、隙を見つけて懐へ入り込む。
それが僕の戦い方だった。
「次は僕から行くよ!」
僕は再び踏み込み、レオンは毒針を放つが、僕は身体を低くしてかわし、蛇の動きを見ながら横へ回り込んだ。
そして、素早くレオンの懐へ入り込む。
「なっ……!」
僕の手がレオンの肩に届いた。
「一本!」
「……やるじゃねえか」
「えへへ!」
僕が嬉しそうに笑うと、セドリックさんが二人の間に入った。
「どうだった、セドリックさん?」
僕が期待するように尋ねると、セドリックさんは微笑んだ。
「ルカ様。今の動きは素晴らしかったですよ。しかし、まだ改善できる点がございますね」
「えっ?」
「最初の攻撃をかわした後、蛇への警戒が少々遅れていました。相手の能力を常に意識してください」
「そっか……。ありがとう!」
続いて、セドリックさんはレオンに視線を向けた。
「レオン様もです。毒針を放つことに意識が向きすぎています。もっと相手の動きを観察してください」
「分かってる」
「本当に分かっていらっしゃるのでしょうか?」
「……なんだよ」
セドリックさんはにっこりと微笑んだ。
「では、お二人とも追加で二十本ずつ走っていただきましょう」
「ええっ!?」
「はぁ!?」
「おや? まだ余裕がおありのようですね。では、もう十本追加いたしましょうか?」
「いやいや! 二十本でいいよ!」
「お前、絶対わざとだろ……!」
「ふふっ。お二人の成長のためでございます」
セドリックさんは涼しい顔で答えた。
こうして、二人の鍛錬はまだまだ続くのだった。
それから数日後、学園の訓練場では、再び僕とレオンが鍛錬に励んでいた。
「とりゃ!」
僕はレオンの攻撃をかわし、身体をひねって反撃する。
レオンは毒針を放ちながら、足元の蛇を巧みに操っていた。
以前よりも二人の動きは洗練されている。
「いい動きですね」
セドリックさんが、二人の様子を見ながら声をかける。
「本当!?」
「ええ。しかし、まだまだでございます」
「そっかぁ……」
「おい、褒められたと思ったらすぐ調子に乗るなよ」
「えへへ、ごめん」
「次に備えろ」
「うん!」
二人は再び構えを取った。
セドリックさんはそんな二人を見つめながら、ふと空を見上げた。
「……お嬢様」
(……お嬢様が戻ってこられる頃には、私たちも少しは成長していたいものですね)
その表情には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
その頃、病室ではリリアーヌさんが、ベッドの上で本を読んでいた。
以前よりも顔色は良くなり、食事も少しずつ取れるようになっていた。
「ドラグニスさん。今日は調子が良さそうですね」
看護師が声をかけると、
「ええ。おかげさまで、だいぶ良くなりましたわ」
「それはよかったです。もう少しで退院できそうですね」
「本当ですの!?」
思わず身を乗り出すリリアーヌさん。
「ふふっ。ですが、まだ無理は禁物ですよ」
「はい……!」
看護師が病室を出ていくと、リリアーヌさんは窓の外を眺めた。
「……ルカ」
自然と、その名前が口からこぼれた。
ルカの笑顔。
レオンのぶっきらぼうな言葉。
そして、いつも自分を気遣ってくれるセドリック。
思い出すのは、楽しかった日々ばかりだった。
「……早く、皆さんに会いたいですわね」
今度こそ、ちゃんと向き合いたい。
自分の気持ちを、自分の言葉で伝えたい。
リリアーヌさんは小さく微笑んだ。
そして、退院の日。
病院の正面玄関では、僕とレオン、セドリックさんの3人は、門の前でリリアーヌさんを待っていた。
「……そろそろかな」
僕は何度も入口を見つめている。
「落ち着けよ。もうすぐ出てくるだろ」
レオンが呆れたように呟き、
「ふふっ。私も待ち遠しく思っておりますよ」
セドリックさんも穏やかに微笑んだ。
その時、病院の自動ドアが開き、一人の少女が姿を現した。
赤い髪に、見慣れた角と尻尾。
リリアーヌさんだった。
「あっ……!」
僕は彼女の姿を見つけると、真っ先に駆け出した。
「リリアーヌさん!」
そして、そのまま彼女に抱きついた。
「……っ! ルカ!?」
突然のことに驚くリリアーヌさんだったが、僕の腕は彼女を離そうとしなかった。
「よかった……! 本当によかった……!」
「もう……。そんなに心配しなくても、わたくしはここにいますわ」
リリアーヌさんはそっと僕の背中に手を回した。
「うん……! おかえりなさい、リリアーヌさん!」
「……ただいま、ですわ」
その声には、優しい笑みが混じっていた。
「ったく……。心配かけやがって」
レオンが近づいてきて、
「レオン……」
「別に怒ってねえよ。お前が無事に戻ってきてくれてよかった。それだけだ」
「……ありがとう」
そして、セドリックさんも彼女の前に立った。
「お嬢様。お帰りなさいませ」
「セドリック……」
「お嬢様のお元気なお姿を拝見できて、何よりでございます」
セドリックさんは深々と頭を下げた。
リリアーヌさんは、3人の顔を順番に見つめたと思うと、ゆっくりと頭を下げる。
「……皆さん……本当に、ごめんなさい……」
突然の謝罪に、3人は顔を見合わせた。
「……え?」
僕が不思議そうに首を傾げる。
「どうして謝るの?」
「だって……わたくし、皆さんのことを信じられなくなって……。酷いことを言ってしまいましたわ……」
「おいおい」
レオンが口を開いた。
「お前、まさか自分が悪かったなんて思ってんのか?」
「でも……」
「お前はマリアさんに惑わされてたんだろ。俺たちだって、それくらい分かってる」
「レオン……」
「俺たちはお前を責めるためにここに来たんじゃねえ。迎えに来たんだよ」
セドリックさんも優しく微笑み、
「私も同じ気持ちでございます。お嬢様が無事に戻ってきてくださった。それだけで十分です」
「セドリック……」
そして、僕がリリアーヌさんの前に立った。
「リリアーヌさん」
「……はい」
「僕たちは、リリアーヌさんが帰ってきてくれて、本当に嬉しいよ」
僕はいつもの優しい笑顔を浮かべた。
「だから、もう謝らなくていいよ」
「……っ」
リリアーヌさんの目元が少し潤む。
ずっと心のどこかで不安だった。
みんなに嫌われてしまったのではないか。
以前のような関係には戻れないのではないか。
けれど、そんな心配は必要なかった。
3人は変わらず、自分を待っていてくれたのだ。
「……皆さん……」
「ほら、顔を上げろよ」
レオンが声をかける。
「いつまでもそんな顔してたら、せっかくの退院が台無しだろ」
「なっ……! わたくしは、そんな顔などしておりませんわ!」
「お、いつもの調子が戻ってきたな」
「もう! レオン!」
そのやり取りに、僕も笑顔になる。
そして、リリアーヌさんは僕の方へ向き直った。
「……ところで、ルカ」
「ん? なに?」
「……いつまでさん付けなのですか……? リリアーヌ……でも、よろしくてよ」
少しだけ頬を赤くしながら、リリアーヌさんはそっぽを向いた。
「べ、別に構いませんわ! ただ、いつまでもさん付けでは距離を感じるというだけですもの!」
僕は少し考えるように首を傾げた。
「ん〜、じゃあリリア!」
「り、リリアなんて100年早いですわ! もう!」
顔を真っ赤にして抗議するリリアーヌさん。
「えっ、ダメだった?」
「ダメに決まっていますわ!」
「そっかぁ。じゃあリリアーヌさんだね」
「もうよろしいですわ!」
そう言いながらも、リリアーヌさんの表情には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
「ははっ。相変わらずだな、お前ら」
レオンが呆れたように笑い、
「ふふっ。皆様、本当にお変わりありませんね」
セドリックさんも穏やかに微笑んだ。
長い時間、すれ違ってしまった4人。
けれど、互いを大切に想う気持ちは変わらなかった。
離れていた時間も、それぞれが頑張っていた時間も、決して無駄ではない。
これから先、どんな困難が待ち受けていたとしても。
きっと、この4人なら乗り越えていける。
青空の下、4人の笑い声が響く。
それは、かけがえのない日常が再び始まった瞬間だった。




