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第46話 神《デウス様》の最期の祝福

薄暗い部屋の中、マリアさんは、椅子に座らされたまま、ぼんやりと床を見つめていた。


両手は拘束され、自由に動かすこともできない。


胸には、リリアーヌさんの放った炎の矢が突き刺さったままだった。


魔界警察は、彼女を治療していない。


理由は単純だった。


彼女から、ある組織についての情報を聞き出すためだ。


「……サーカス集団(ノクターン・サーカス)について、もう一度聞く」


目の前に立つ警察官が、冷たい声で尋ねる。


「お前は、その組織とどのような関係にあった?」


「…………」


「デウスという人物についてもだ。正体を知っているんだろう?」


「……デウス様……」


マリアさんは小さく呟いた。


その名を口にした途端、胸の奥に温かなものが広がるような気がした。


自分を救ってくださった方。


自分に生きる意味を与えてくださった方。


マリアさんにとって、デウスは何よりも尊い存在だった。


「……デウス様は、素晴らしいお方です」


「質問に答えろ!」


「ふふ……」


マリアさんは俯いた。


警察官の声が遠く聞こえ、もう、何も考えたくなかった。


リリアーヌさんに敗れ、信じていた計画も崩れ去った。


それでも、デウス様への信仰だけは変わらない。


そう信じていた。











「……今日はここまでだ」


尋問を終えた警察官が、部屋を出ていく。


「また後で来る。それまで大人しくしていろ」


重たい扉が閉じられ、マリアさんはひとり、薄暗い部屋に取り残された。


「……デウス様」


小さく祈るように呟く。


「どうか……私に、もう一度お言葉を……」


ただ、部屋の中に沈黙が広がっていた。


そのとき――扉の向こうで、小さな音がした。


「……?」


マリアさんが顔を上げると、ゆっくりと扉が開いた。


そこに立っていたのは、一人の女性だった。


黒と紫を基調としたゴシックドレスを身にまとい、静かな足取りで部屋へ入ってくる。


その隣には、小さな人形がいた。


女性は何も言わず、マリアさんを見つめている。


すると、人形が口を開いた。


『まあまあ。ずいぶんとお疲れのようねぇ』


「……あなたたちは?」


『貴女には関係ないわ』


人形はくすくすと笑っているが、女性は何も話さない。


ただ、マリアさんの前まで歩いてくる。


そして、マリアさんと目が合い、


「…………」


マリアさんは目を見開いた。


何故か彼女は期待を抱いてしまったのだ。


「まさか……あなたたちは……」


『なに?』


人形が首を傾げ、


『助けに来てくれたと思っているの?』


「……違うのですか?」


『残念』


楽しそうに笑った。


『私たちは、あなたを迎えに来たわけじゃないの』


「……え?」


人形はマリアさんの前で立ち止まり、


『デウス様からの、ありがたーい言葉を届けに来たのよ』


「デウス様……!」


マリアの表情が変わった。


疲れ切っていた瞳に、かすかな光が戻る。


「デウス様から……私に?」


『よーく聞いてちょうだいね』


人形は、まるで大切な手紙を読み上げるように告げた。


『『もう君の役目は終わった』……ですって』


「…………」


マリアは黙り込んだが、しばらくして、小さく肩を震わせる。


「……ふふ」


『は?』


「ふふふ……あはっ……あははははっ!」


突然、マリアは笑い出した。


その顔には、悲しみも怒りもなかった。


まるで、ずっと待ち望んでいた贈り物を受け取ったかのように、幸せそうに笑っている。


「デウス様が……私に、お言葉を……!あはははっ!ああ……なんて、なんてありがたいのでしょう!」


「…………」


人形は笑うマリアをじっと見つめ、


『ねえ、アリス』


隣の女性へ顔を向ける。


『この人、本当に嬉しいみたいよ?』


女性は何も答えなかった。


『……もう、とっくにダメになってるのね』


マリアはまだ笑っていた。


デウス様から言葉をいただけた。


それだけで、十分だった。


自分がどうなるのかなど、もう気にならなかった。


そんなマリアのもとへ、女性が静かに近付いてくる。


そして、彼女の胸に残された炎の矢へ視線を落とした。


『まだ、矢が残っていたのね』


人形もそれに気付き、手を伸ばし、そっと握った。


『ねえ、アリス。もういいわよね?』


女性は小さく頷いた。


『ふふ。分かったわ』


人形はマリアさんへ顔を向けたが、本人は相変わらず、幸せそうに笑っていた。


『それじゃあ……』


人形は、明るい声で告げ、


『さようなら』


そして、炎の矢を引き抜いた。


マリアの笑い声が、ふっと途切れ、薄暗い部屋に、静寂が戻った。


女性はそれ以上何も言わず、踵を返す。


『アリス、帰りましょう?』


人形は嬉しそうに女性を見上げ、


『今日は少し疲れちゃったわ。帰ったら、ゆっくりお話ししましょうね』


女性は人形をそっと抱き上げた。


「……うん」


それだけ告げると、二人は部屋を後にした。











それから、しばらくして、


「おい、時間だ。尋問の続きを――」


見張りの警察官が部屋の扉を開けた。


「な……んだよ……これ……」


部屋の奥では、マリアさんは両手を広げ、まるで十字架に磔にされたかのような姿で壁に吊るされていた。


すでに息はなく、その背後の壁には、赤い文字が残されていた。


『END』


「…………」


警察官は言葉を失った。


つい先ほどまで、確かに彼女は生きていたはずだった。


いったい誰が、いつの間に。


何よりも、どうやって警備をすり抜けたのか。


ただ、壁に残された文字だけが、彼らに何かを告げているようだった。


こうして、教団(アポカリプス)は崩壊した。


けれど、魔界の闇に潜む者たちの舞台は、まだ終わってはいない。


むしろ、これから始まるのだ。


サーカス集団(ノクターン・サーカス)。


次なる幕が、静かに上がろうとしていた。


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