第33話 秘密の女子会
その日の夜、森の入口には、フードを深く被り、手にカゴを持った人物が立っていた。
「……喜んで頂けるかしら」
小さな声で呟くと、その人物は周囲をキョロキョロと見回した。
誰もいないことを確認すると、そっとフードを下ろす。
そこにいたのは――リリアーヌさんだった。
「……よし」
リリアーヌさんは小さく頷くと、カゴを持ち直した。
カゴの中には、丁寧に包まれたスコーンと、二つのジャム瓶が入っている。
それを大事そうに抱えながら、リリアーヌさんは森の中へと足を踏み入れた。
何故、彼女が一人でこんな時間に森へ来ているのか。
その理由は、昼間の出来事にあった。
温かく迎えてくれたマリアさん。
そして、あの香り高い紅茶。
あれからずっと、リリアーヌさんの頭にはマリアさんのことが残っていた。
「……また、お話ししたいですわね」
自然と頬が緩み、
「セドリックにバレたら怒られてしまいますわね」
そう言って、リリアーヌさんはクスッと笑った。
けれど、足取りに迷いはない。
カゴを抱え直すと、月明かりの差し込む森の奥へと進んでいった。
その後ろ姿を、少し離れた場所から追う影が一つ。
「…………」
影は何も言わず、静かにその後を追いかけていた。
やがて――リリアーヌさんは、森の奥に佇む教会へと辿り着いた。
昼間と変わらない、静かな建物。
ただ、夜の闇に包まれたその姿は、昼間よりも少し幻想的に見えた。
「……ふふっ」
リリアーヌさんは微笑むと、扉の前に立った。
控えめにノックすると、
「こんばんは。夜分遅くに申し訳ございませんわ」
扉がゆっくりと開いた。
「あら……?」
顔を出したのは、見覚えのある女性だった。
「リリアーヌ……さんでしたか?一人でどうなされたのですか?」
マリアさんは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐにいつもの優しい笑顔を浮かべる。
「どうぞ、お入りください」
「ありがとうございますわ」
リリアーヌさんは軽く頭を下げ、教会の中へと入った。
夜の静けさが、再び森を包み込んだ。
教会の奥にある部屋に、リリアーヌさんは座り、持ってきたカゴをそっと置いた。
「それで……今夜はどうなされたのですか?」
向かいに座ったマリアさんが、首を傾げる。
リリアーヌさんは少しだけ頬を赤くした。
「何だか……マリアさんに会いたくなってしまいましたの」
「まあ……!」
マリアさんが嬉しそうに目を細め、
「それは、ありがとうございます」
「それと、こちらを持ってきましたの!」
リリアーヌさんはカゴの蓋を開けた。
中には、綺麗に並べられたスコーンと、二つのジャム瓶。
「セドリックが作ったスコーンですわ。一緒に食べませんか?」
「まあ、とても美味しそうですね」
マリアさんは感心したように声を弾ませた。
「では、紅茶を淹れますから、どうぞこちらへ」
そう言うと、マリアさんは再び部屋の奥へと向かった。
リリアーヌさんはその背中を見送りながら、嬉しそうに微笑んだ。
「……ふふっ」
今夜は、ルカとレオンには内緒。
そして、もちろんセドリックにも内緒。
自分だけの、特別なお茶会だ。
しばらくすると、マリアさんがティーポットと二つのティーカップを持って戻ってきた。
テーブルにカップを並べ、紅茶を注ぐと、部屋いっぱいに、優しい香りが広がった。
「お待たせしました」
「ありがとうございますわ!」
リリアーヌさんは嬉しそうにカップを手に取った。
マリアさんは、そんな彼女を見て微笑む。
「朝にお出しした茶葉とは違うものを選んでみました。夜ですから、よく眠れるものにしてみたんです」
「まあ、そうでしたのね」
リリアーヌさんはカップに顔を近づけ、香りを楽しんだ。
「本当にマリアさんの淹れる紅茶は香り高いですわ」
その声は、心から嬉しそうだった。
「ふふ、ありがとうございます」
マリアさんも柔らかく笑う。
その間に、リリアーヌさんはカゴからスコーンを取り出し、二つのジャム瓶をテーブルに並べた。
「こちらはイチゴジャムで、こちらはブルーベリージャムですの。どちらもセドリックが用意してくれましたわ」
「二種類もあるんですね。スコーンを作れるなんて、セドリックさんは凄いです」
マリアさんは感心したように頷いた。
「実は私、お菓子作りは好きなのですが、スコーンはまだ上手に作れないんです」
「まあ、そうなんですの?」
「はい。どうしても、思ったような食感にならなくて……」
少し困ったように笑うマリアさん。
その表情に、リリアーヌさんもくすりと笑った。
「セドリックは、お菓子作りが得意ですもの。今度、作り方を教えてもらうように頼んでみますわ!」
「本当ですか?それは嬉しいです」
「ええ、任せてくださいまし!」
リリアーヌさんは胸を張った。
その後も二人は、紅茶やお菓子の話で盛り上がった。
どんな茶葉が好きなのか、どんなお菓子が紅茶に合うのか。
ジャムはたっぷり塗る派なのか、それとも少しだけにする派なのか。
そんな何気ない話題で、時間はあっという間に過ぎていった。
「そういえば、学園では最近、面白いことがありましてね……」
リリアーヌさんは、学園での出来事を楽しそうに話した。
ルカの少し抜けたところに、レオンの素っ気ない態度。
そして、二人が時々見せる意外な一面。
「まあ、楽しそうですね」
マリアさんは相槌を打ちながら、楽しそうに耳を傾けていた。
「ええ!毎日、色々なことが起こりますのよ!」
リリアーヌさんは笑顔で頷く。
その表情は、普段学園で見せるものと何も変わらなかった。
ただ、今は向かいにいるのがルカでもレオンでもなく、マリアさんというだけ。
二人は、まるで昔からの友人のように、穏やかな時間を過ごしていた。
やがて――、
「……ふぁ」
リリアーヌさんが、小さくあくびをし、慌てて口元を押さえる。
「あら……」
マリアさんが微笑んだ。
「眠くなってきましたか?そろそろお開きにしましょうか」
「そ、そうですわね……」
リリアーヌさんは目元をこすった。
気づけば、窓の外はすっかり暗くなっている。
楽しい時間は、本当にあっという間だった。
マリアさんは空になったティーカップを片付け始めた。
すると、リリアーヌさんも立ち上がる。
「わたくしもお手伝いしますわ。急にお邪魔させて頂きましたから」
「ふふ、ありがとうございます」
二人で食器を片付けながら、最後まで和やかな笑みを交わす。
そして、帰り支度を終えたリリアーヌさんは、扉の前で振り返った。
「それでは、失礼致しますわ」
「はい。おやすみなさい、リリアーヌさん」
マリアさんは優しく手を振った。
「また、いつでも来てくださいね」
「……はい!」
リリアーヌさんは嬉しそうに頷き、教会を後にした。
ようやく緊張が解けたように、リリアーヌさんは大きく背伸びをした。
「ん〜、楽しかったですわ!」
満足そうな笑みを浮かべる。
今夜のお茶会は、大成功。
そう思いながら歩き出そうとした、その時だった。
「……お嬢様」
「ひゃっ!?」
背後から聞こえた声に、リリアーヌさんの尻尾がブルリと震えた。
恐る恐る振り返ると、ランタンを片手に持ち、深いため息をつくセドリックさんが立っていた。
「…………」
「…………」
しばし沈黙が走り、
「……せ、セドリック?」
「はい。セドリックでございますよ」
セドリックさんはいつも通りの丁寧な口調だったが、その表情には呆れが滲んでいた。
「珍しく夜にお出かけなさっていると思えば……一体何を?」
「…………」
リリアーヌさんは、気まずそうに視線を逸らした。
しかし、すぐに顔を上げ、
「秘密ですわ!」
「……秘密、ですか」
「女性同士の秘密ですわ!」
プンスカと頬を膨らませた。
そして、持っていたカゴをセドリックさんへ押しつけたのだ。
「……ルカとレオンに話したら怒りますわよ!」
「…………」
セドリックさんはカゴを受け取り、しばらくリリアーヌさんを見つめ、小さく息を吐く。
「……御意」
それだけ答えると、ランタンを持ち直した。
リリアーヌさんは満足そうに頷くと、ぷいっと顔を背けて歩き出した。
「もう、帰りますわ!」
「かしこまりました、お嬢様」
セドリックさんは静かにその後を追う。
ランタンの明かりが、夜の森を優しく照らしていた。
二人の足音が、少しずつ遠ざかっていく。
今夜、リリアーヌさんがマリアさんと過ごした時間は、ただ楽しいお茶会だった。
そしてその小さな秘密を知っているのは、二人と一人の執事だけだった。




