第29話 僕らだけが知る、不気味な謎
森から戻った僕とリリアーヌさんは、皆に写真を見せた。
「リリアーヌさん可愛い!」
「ルカくんも!」
などと盛り上がった後、ほかのペアも次々と肝試しを終え、森の入口へと戻ってきた。
「いやー、思ったより怖かったな!」
「えー?全然平気だったけど?」
「嘘つけ!途中で俺の腕にしがみついてただろ!」
「そ、それは暗かったからよ!」
そんなやり取りに、皆がどっと笑う。
どうやら、ほかのペアも無事に肝試しを終えたらしい。
怪我をした人もいなければ、途中で帰ってきた人もいない。
ひとまず、何事もなく終わったようだ。
「じゃあ、また遊ぼうぜ〜!」
「今度は海にしようぜ?」
「いいね!私も私も!」
「海でしたら、わたくしも賛成ですわ!」
皆はすっかり打ち解けた様子で、次の遊びの話に花を咲かせていた。
僕も、その楽しそうな様子を見て自然と笑顔になる。
(……よかった。本当に、何事もなく終わって)
もし、あの黒い影のことを話していたら、皆はもっと怖がっていたかもしれない。
それに、暗闇の中で見たものだ。
僕達の見間違いという可能性だってある。
だから、あのことは黙っておこう。
少なくとも、今はまだ。
「それじゃあ、またな!」
「おやすみ〜!」
次々と皆が帰っていき、やがて森の入口には、僕とリリアーヌさん、レオン、そしてセドリックさんの四人だけが残った。
周囲が静かになった途端、森の奥から吹き抜けてきた夜風が、僕の頬を撫でた。
木々の葉が擦れ合う音が聞こえる。
(……さっきまで、あんなに賑やかだったのに)
急に静かになると、少し寂しいような、それでいて落ち着かないような気分になった。
「……さて」
レオンが腕を組み、僕達を見た。
「そろそろ、話してもらおうか」
「えっ?」
「お前ら、森から戻ってきてからずっと様子がおかしかっただろ」
「そ、そうかな?」
「あぁ。彼奴らは騙せても、俺とセドリックは騙せないぞ」
「レオン様のいう通りですね」
「特にルカ。お前、写真を見せてる時も、ずっと教会の方を気にしてただろ」
「うっ……」
気付かれていたらしい。
僕は思わず口をつぐんでしまい、レオンは小さくため息をつく。
「別に、無理に聞き出すつもりはない。だが、何かあったなら勝手に抱え込むなよ」
「レオン……」
ぶっきらぼうな言い方だったが、それでも、僕のことを心配してくれているのが分かった。
「……ありがとう」
「ん」
レオンはそっぽを向いた。
その横で、リリアーヌさんが少しだけ迷うような表情を浮かべていた。
「……皆さんが怖がるといけませんから、黙っていたのですが」
リリアーヌさんの静かな声が、夜の森に響いた。
「わたくしとルカが行った時に、何か不思議な物を見ましたの」
「不思議な物?」
レオンの表情が変わる。
セドリックさんも、穏やかな笑みを浮かべたまま、リリアーヌさんへ視線を向けた。
「ええ。教会の扉の前に、黒い影のようなものがあったのですわ」
リリアーヌさんは、森の奥を見つめながら続けた。
「人のようにも見えましたけれど……大きな動物のようにも見えましたの」
「……僕も見た。その影が、目の前で教会の中に入っていったんだ」
「待て」
レオンが低い声を出した。
「教会の中に入った?」
「うん。扉が開いて、そのまま中に消えたんだ」
「……鍵は?」
「僕が試しに開けようとしたけど、鍵が掛かっていて開かなかった」
「なるほど……」
セドリックさんが顎に手を添えた。
いつもの穏やかな表情から、わずかに笑みが消えている。
「長い間使われていない教会に、正体不明の影が現れた。そして、その影は教会の中へ入っていった……ということですね」
「そうですわ」
リリアーヌさんが頷いた。
「ただ、暗かったので、わたくし達の見間違いかもしれませんわ。だから、皆さんには話さなかったのです」
「……」
レオンはしばらく黙っていたが、やがて、森の奥へと視線を向ける。
「……妙だな」
「妙って?」
僕が尋ねると、レオンは眉をひそめた。
「誰も使っていない教会なんだろ?それなのに、誰かが出入りしている。しかも、鍵が掛かっている扉の向こうに入ったんだろ」
「うん……」
「普通じゃないだろ」
その言葉に、僕は思わず息を呑んだ。
僕達が見たものが本当に人だったとしても、おかしなことばかりだ。
どうして、あの教会に入っていったのか。
どうやって、鍵の掛かった扉を通り抜けたのか。
そして、あの大きな影は何だったのか。
考えれば考えるほど、分からないことが増えていく。
「……あの影、何だったんだろう」
僕が呟くと、リリアーヌさんも不安そうに頷いた。
「わたくしにも分かりませんわ……」
「お二人とも、話してくださってありがとうございます」
セドリックさんが静かに口を開いた。
「ただ、今夜はもう遅いです。これ以上の行動は控え、明日、改めて考えるべきかと」
「……そうですわね」
リリアーヌさんが頷き、僕も異論はなかった。
けれど、胸の奥に残ったざわつきは、消えてくれそうになかった。
そして、誰も見たことがないという、教会から出てくる人物の姿。
それらが、頭の中で何度も繰り返される。
「ルカ」
レオンに呼ばれ、僕は顔を上げた。
「今日はもう帰るぞ。考えるのは明日だ」
「……うん、そうだね」
今は何も分からない。
なら、焦っても仕方がない。
そう自分に言い聞かせ、僕達は帰路についた。
けれど森を離れる直前、僕は一度だけ振り返った。
暗い木々の向こうに、教会の姿はもう見えない。
それなのにまるで、あの影が今もこちらを見ているような気がした。
僕は小さく首を振り、前を向いた。
(……気のせいだよ、きっと)
きっと、そうに違いない。
そして、この夜に見たものが、大変な大事件を起こす事を、僕達は知らなかった。




