第24話 アップルパイでお祝いを
旅客船が、ゆっくりと港へ入っていく。
甲板から港を眺めながら、僕は大きく息を吐いた。
「……帰ってきたぁ」
長かった。
本当に、長かった。
船を降りれば、ようやく学園へ帰れる。
そう思っていた――、
「?」
港に近づいたところで、僕は首を傾げた。
「なんか……人、多くない?」
港には、たくさんの魔界警察が集まっていた。
しかも、その中心には、
「……学園長?」
僕は目を丸くする。
リリアーヌさんも、レオンも同じ方向を見る。
「まあ……」
「……嫌な予感しかしないな」
レオンが小さく呟くと、船が港へ到着した。
「お疲れ様です!」
警察の一人が、こちらへ駆け寄ってくる。
「バルガの身柄を確保します!」
「……あ、はい……」
僕は素直に頷いた。
その後ろでは、拘束されたバルガが大きな声を上げている。
「おい!離せって!」
「暴れるな!」
「俺は悪くねえぞ!」
「……」
僕達は、顔を見合わせた。
「悪くない……のかな?」
「どう考えても悪いですわ。ルカを誘拐したんですもの」
リリアーヌさんが即答する。
「あはは……」
そして、バルガはそのまま警察へ引き渡された。
これで事件は、終わった。
そう思ったけれど、
「さて」
学園長が、ゆっくりと僕達の前へ歩いてくる。
「君たち」
「……はい」
「少し、話をしようか」
「……断れませんか……?」
その笑顔が、怖かった。
「君たちは、私との約束を覚えているかね?」
「……はい」
僕は小さく頷いた。
港の一角にある、警察がテントを立てた待機所。
そこに僕達三人とセドリックさん、そして学園長がいた。
「無茶をしないこと」
学園長が淡々、
「勝手に行動しないこと」
「……はい」
「危険を感じたら、必ず戻ること」
「……存じ上げておりますわ……」
僕達三人は、揃って俯いた。
「それを――」
学園長はため息をつく。
「全部破ったね?」
「……」
何も言えなかった。
セドリックさんも、リリアーヌさんの隣で腕を組んでいる。
「お嬢様」
「……はい」
「私が、どれだけ心配したか分かりますか?」
「……ごめんなさいですわ」
リリアーヌさんの尻尾が、しょんぼりと垂れる。
「ルカ様も」
「はい……」
「レオン様も」
「……」
「今回は、本当に危険だったのですよ」
セドリックさんの声は穏やかだった。
だからこそ、余計に怖い。
『申し訳ありません……』
僕達三人は、揃って頭を下げた。
こうして僕達は、たっぷりとお説教を受けた。
「今回の件を考慮し、君たち三人には一週間の謹慎を命じる」
「一週間!?」
僕は思わず顔を上げ、
「当然ですわ……」
リリアーヌさんも肩を落とす。
「……自業自得だな」
レオンだけは、妙に冷静だった。
「レオン、他人事みたいに言わないでよ!」
こうして僕達は一週間、学園へ行くことができなくなった。
そして一週間後。
「やっぱり学校っていいなぁ!」
僕は、久しぶりの廊下を歩きながら大きく伸びをした。
「……一週間休んだだけだろ」
レオンが呆れたように言い、
「懐かしい気分!」
「ふふっ」
リリアーヌさんが笑う。
「ルカは、本当に学園がお好きですのね」
「もちろんだよ!」
いつもの廊下に、いつもの教室。
事件が起きる前と同じ。
そんな当たり前の日常が、今はとても嬉しかった。
そして放課後僕達三人は、昇降口へ向かっていた。
「では、わたくしは帰りますわ」
「うん。また明日ね、リリアーヌさん」
「えぇ」
その時、リリアーヌさんのスマートフォンが鳴った。
「あら?」
画面を確認すると、
「セドリックからですわ」
「セドリックさん?」
リリアーヌさんは電話に出る。
「もしもし?」
しばらく何か話したあと、
「今からですの?」
少しだけ首を傾げる。
「分かりましたわ」
そして、電話を切った。
「どうしたの?」
僕が尋ねると、リリアーヌさんは、僕とレオンを見る。
「セドリックが、学園長室にお越しください。ですって」
「学園長室?」
僕は首を傾げ、レオンも眉を寄せた。
「……俺達もか?」
「えぇ」
リリアーヌさんは、じーっと僕達を見る。
「……お二人、わたくしに隠れて何か楽しい事でも、しましたの?」
「してないよ!」
「心当たりは無い」
僕とレオンは、ほぼ同時に答えた。
「本当ですの?」
「本当だよ!」
「……まあ、いいですわ」
リリアーヌさんは小さく笑った。
「では、参りますわよ」
「なんだろ……」
僕達は、そのまま学園長室へ向かった。
「……なんか、緊張するなぁ」
学園長室の前に立つと、僕は小さく呟いた。
「何も悪いことはしてませんもの。堂々としていればよろしいのですわ」
「……」
レオンは無言だが、僕には、彼も少し緊張しているように見えた。
リリアーヌさんが扉の前へ立つ。
「失礼します。リリアーヌ・ドラグニスです」
「ルカくん、レオンくんも居るのだろう? 入りたまえ」
中から学園長の声が返ってきた。
「失礼しますわ」
扉が開いた瞬間、甘い香りが、僕達の鼻をくすぐった。
「……?」
僕は目を丸くしながら隣を見ると、リリアーヌさんも僕を見ていた。
「アップルパイ(ですわ)!」
僕達は声を揃えた。
学園長室の中央のテーブルの上には、焼きたてのアップルパイが置かれていた。
「ははは!」
学園長が楽しそうに笑い、
「これ……!」
僕は目を輝かせる。
「お疲れ様でした、お嬢様。ルカ様、レオン様」
「セドリックさん!」
「今回の事件解決のお祝いにと思いまして」
セドリックさんは、いつもの穏やかな笑顔を浮かべる。
「アップルパイを焼いてみました」
「やったぁ!」
僕は思わず拳を握った。
リリアーヌさんも尻尾を嬉しそうに揺らしている。
「まあ……! 素敵ですわ!」
レオンはアップルパイを見つめ、
「……うまそうだな」
「ふふっ」
セドリックさんが小さく笑う。
「では、皆様。どうぞお召し上がりください」
「いただきます!」
僕達は声を揃えた。
こうして僕達は、事件が解決したことを改めて実感しながら、久しぶりに穏やかな時間を過ごした。
コーヒーの香りに、焼きたてのアップルパイ。
そして久しぶりに感じる、何も心配しなくていい時間。
(こういう時間も悪くないな……)
僕達が、事件解決のお祝いに、アップルパイを楽しんでいる頃、魔界の中でも、脱獄不可能とされている監獄の、その一室では、
「…………」
バルガが、退屈そうに尋問を受けていた。
机を挟んで座っているのは、一人の刑事が頭を悩ませている。
「だーかーらー……」
バルガは、大きなため息を付き、
「俺は頼まれたから、色々盗みを働いたってわけ!」
「……」
刑事は頭を抱えた。
逮捕されてから、ずっと同じ質問ばかりだ。
「なあ?」
刑事が疲れ切った声で言う。
「あのな?何度も言うが……そいつは誰なんだよ」
バルガは舌打ちした。
「知らねえって言ってんだろ?」
そして、面倒くさそうに頭を掻く。
「ピエロ?とかいうやつを顔にしてたからよ。顔なんか見ちゃあいねえよ」
「ピエロ……?」
「ああ」
バルガは頷くと、
「そいつに、『魔界のことを知りたいから、盗みをして欲しい』って頼まれたわけ」
刑事はさらに頭を抱え、机を叩いた。
「それも何度も聞いた!どこにそのピエロはいるんだ? 盗品を受け渡したんだろ?場所は!?」
「……ん?」
バルガは首を傾げた。
「そういやあ……」
少し考え、
「盗んだ物は渡してないな」
「……は?」
バルガの答えに、刑事が固まる。
「いつの間にか無くなっててよ」
「…………」
「置き手紙があったくらいだ」
刑事が勢いよく立ち上がった。
「その手紙は!?どこだ!」
バルガは、きょとんとした顔をし、
「もうあるわけねえだろ?」
「なに!?」
「紙なんか腹の足しになんねえよ」
他人事のように、ケラケラ笑う。
「いつも一言だけだ」
そして、思い出したように言った。
「『ありがとう、バルガくん。サーカス集団より』って」
「…………!」
刑事の顔から、血の気が引いた。
「ノクターン……サーカス……」
次の瞬間、
「待ってろ!」
刑事はそう叫ぶと、そのまま尋問室を飛び出していったのだ。
静かになった部屋に、取り残されたバルガは、
「……腹減ったー」
大きな欠伸をした。
「飯まだかー?」
サーカス集団
それは一体、何者なのだろう。
僕達は、そんなことも知らずにただ、つかの間の穏やかな時間を楽しんでいた。
焼きたてのアップルパイを囲みながら、事件の裏側に潜む、新たな影にも気付かぬまま。
そして僕達の知らないところで、静かに、次の幕が上がろうとしていた。
犯罪者集団編 END




