第22話 炎と力の救世主
その頃――、僕とリリアーヌさんは、旅客船の中を走っていた。
「こっちですわ!」
「うん!」
背後からは、僕達を追いかけていた魔物達の足音が響いていた。
「待てぇ!」
「逃がすな!」
僕達は必死に走り、曲がり角をいくつも抜け、狭い通路を駆け抜けていく。
後ろから迫ってくる足音に追いつかれないよう、必死に走った。
「……あれ?」
ふと、僕は足を止めた。
「どうしましたの?」
リリアーヌさんも振り返る。
僕は耳を澄ませ、
「……静か……すぎない?」
さっきまで聞こえていた魔物達の声も、足音もない。
「…………」
リリアーヌさんも首を傾げる。
「そう……ですわね」
周囲を警戒しながら、ゆっくりと顔を出すが、誰もいない。
「先程の、地震みたいな揺れは何だったのですかね?」
「うーん……」
船全体が大きく揺れた。
まるで何か巨大なものが、船の上で暴れているような――。
でも、今は何も聞こえない。
静かすぎて、そのことが、逆に不気味だった。
「まあ、魔物が居なくなったのは好都合だね!」
「それもそうですわね」
リリアーヌさんは、ホッとしたように息を吐き、スカートについた埃をパンパンと叩く。
「まったく……せっかくの可愛いスカートが台無しですわ」
「ご、ごめんね?」
「ルカのせいではありませんわ」
リリアーヌさんは僕を見て、
「ほら、ルカ。レオンとセドリックの所に戻りますわよ?」
「うん!」
僕も頷く。
そして、ふと思い出し、
「あぁ~、セドリックさんのアップルパイ楽しみだな~」
「ふふっ」
リリアーヌさんが小さく笑った。
「まだ、事件は終わってませんことよ?」
「え?」
「それに、セドリックも学園長も、きっとカンカンですわよ?」
「……あ」
僕達は、学園長との約束を破ってここまで来てしまったのだ。
「まずは無事に帰って、二人からのお説教ですわ」
「うぅ……」
僕が肩を落とすと、
「セドリックさんのお説教、怖そう……」
「当然ですわ。あの人は怒ると、とても怖いですもの」
リリアーヌさんはクスクスと笑う。
「でも……」
僕も釣られて笑った。
「無事に帰れば、アップルパイは食べられるよね?」
「えぇ。きっと作ってくれますわ」
「よーし!」
僕達は甲板へ向かう階段を登っていく。
一段、また一段。
足音だけが、静かな船内に響いていた。
そして――、
「レオン!」
僕は、甲板へ出た瞬間に叫んだ。
そこには、
「…………」
倒れているレオンが。
そしてその隣には、
「セドリックさん!?」
ボロボロになったセドリックさんが倒れ込んでいた。
「……え?」
僕の足が止まる。
二人とも、身体中に傷があり、服は破れ、顔にも傷がついている。
さっきまで僕達を追いかけていた魔物達も、甲板のあちこちに倒れていた。
「レオン……?」
レオンからは返事はなく、
「セドリックさん……!」
セドリックさんも動かない。
胸が、嫌な音を立てる。
(――どうして?何があったの?)
その時、
「ガハハハハッ!」
大きな笑い声が響いた。
「……!」
二人の近くに、巨大な棍棒を持った大柄な魔物が立っていた。
その魔物を見た瞬間、
「…………」
隣にいたリリアーヌさんが、動かなくなった。
「リリアーヌ……さん?」
僕が彼女を見ると、リリアーヌさんの尻尾が、ゆっくりと逆立っていた。
「……!」
その身体から、明らかな殺気が溢れている。
さっきまで笑っていた時とは、まるで別人だった。
「…………」
ただ、倒れているレオンとセドリックさんを見つめている。
リリアーヌさんは小さく拳を握り、
「……私の」
声が震えている。
「私の、大切な仲間に……」
炎が手のひらに灯り、一瞬で炎が大きく燃え上がった。
「何をしましたの……?」
その声は、今まで聞いたことがないほど、冷たかった。
大柄な魔物は、ニヤリと笑い、
「ほう?」
棍棒を肩に担ぐ。
「まだガキが一人残ってたか」
僕は思わず息を呑んだ。
リリアーヌさんの背中から、ゆっくりと翼が広がる。
その瞳には、怒りの炎が宿っていて、
「……ルカ」
「……?」
「少しだけ」
一歩前へ出る。
「そこで待っていてくださいまし」
その瞬間甲板を、熱風が駆け抜けた。
「この方には――」
リリアーヌさんの炎が、さらに大きく燃え上がる。
「わたくしが、話を聞きますわ」
大柄な魔物が、楽しそうに笑う。
「ガハハハハッ!」
僕はその背中を見つめる。
今のリリアーヌさんは、いつものお嬢様じゃない。
大切な仲間を傷つけられた、一人のドラゴンだった。
だけど、
「……待って」
僕は、リリアーヌさんの隣へ歩いた。
「ルカ?」
リリアーヌさんは隣の僕を見た。
「……バルガ!」
その名前を口にした瞬間、あの時の記憶が、頭の中を駆け巡った。
氷の手錠をかけられ、逃げられなかった自分。
『アルテミス家の人間なら、高値で売れる』
「…………」
僕は、無意識に拳を握っていた。
(……怖い)
身体が、あの時の恐怖を覚えている。
でも僕は、バルガの後ろを見る。
そこには、傷ついたレオンとセドリックさんがいる。
僕を助けるために、ここまで来てくれた二人。
僕の隣には、リリアーヌさんがいる。
「……僕も」
震えていた手に、少しずつ力が戻ってくる。
「僕も、アイツには借りがあるんだ」
リリアーヌさんが、僕を見る。
「ルカ……一緒に――」
バルガを見据え、
「リリアーヌさん!あいつを倒そう!」
「……!」
リリアーヌさんの瞳が見開かれる。
「……えぇ!」
リリアーヌさんの炎が、さらに大きく燃え上がる。
バルガは、そんな僕達をじっと見つめていた。
「……ガハハ」
小さく笑い、棍棒を肩から下ろした。
巨大な棍棒の先端が、甲板に触れる。
「お前ら……」
バルガが首を鳴らすと、
「本気で俺様とやるつもりか?」
「当然ですわ」
リリアーヌさんが答える。
炎が、その腕を包み込み、
「貴方だけは、絶対に許しませんわ」
バルガの口元が、ゆっくりと吊り上がる。
「……いいねぇ」
夜風が吹き抜け、炎が揺れる。
僕は拳を構えた。
心臓が、激しく鳴っているが、それでも逃げない。
リリアーヌさんが隣にいる。
レオンがいる。
セドリックさんがいる。
守りたいものが、ここにある。
「……行くよ、リリアーヌさん」
「えぇ、ルカ」
二人の視線が交わる。
言葉は、それだけで十分だった。
「来い!ガキども!!」
リリアーヌさんの炎が、一気に燃え上がった。
二人同時に、踏み出し、旅客船の甲板を揺るがす、決戦が始まった。




