第21話 毒と眠りの限界値
「……お前で、最後だ」
レオンは、目の前の魔物を冷たい目で見つめた。
「ひっ……!」
魔物が後ずさるが、レオンは逃がさない。
指先が僅かに動いた。
鋭い毒針が、魔物の首筋へ突き刺さると、
「ぐっ……!」
その場に膝をつき、そのまま倒れ込んだ。
やっと静寂が訪れ、甲板には先ほどまで二十近くいた魔物達が倒れていた。
「ふぅ……中々でしたね」
セドリックさんは息を整えながら、手にしていたナイフとフォークを懐へ戻す。
「……全員、眠ったな」
レオンが周囲を見渡し、
「えぇ。命に別状はありません」
ゆっくりと肩を回した。
「それにしても……戻ってこないな」
船内へ続く階段へ視線を向けると、
「行ってみるか?」
「そうですね」
セドリックさんが頷いた。
その時、
「……?」
船が大きく揺れた。
「何だ?」
何か大きな物が、階段を上ってくる。
「……足音ですね」
セドリックさんが階段へ目を向けると、階段が軋む音が段々と大きくなってきた。
「……!」
まるで、壊れてしまいそうな音がしたと思うと、手すりが大きく歪んだのだ。
巨大な影が、ゆっくりと階段から姿を現す。
大柄な身体に、尖った耳。
鋭い牙が鋭利に光っている。
そして、その手には巨大なこん棒が握れていた。
「誰だ?」
低く、地響きのような声が、耳を震わせる。
「俺様の眠りを邪魔してる奴は」
大柄な男は甲板を見渡し、倒れている魔物達を見つける。
「……ほう」
そして、レオンとセドリックさんへ視線を向けた。
「お前らか?」
レオンは男を睨みつけるが、
「お前がボスか?」
男は自慢げに笑った。
「ガハハ! だったら何だ?」
「……」
レオンの指先に、毒針が現れる。
だが、セドリックさんが静かに一歩前へ出た。
「お互い、乱暴は無しにしませんか?」
セドリックさんは穏やかな笑みを浮かべているが、
「……私達は、ただある人を探しに来ただけですよ」
男はこん棒を肩に担いだ。
「それで? その探し物は、何処の誰だ?」
セドリックの笑みが、ほんの僅かに消え、
「……ルカ・アルテミス様ですよ」
その名前を口にした瞬間、男の表情が変わった。
ほんの一瞬だが、レオンは見逃さなかった。
先ほどまで浮かべていた豪快な笑みが消えている。
「……」
男は黙ったまま、こん棒を握り直した。
太い腕に筋が浮かび、
「……アルテミス」
低い声が漏れた。
「知ってるんだな?」
男は答えないが、代わりに、ゆっくりと口角を上げた。
「なるほどな……」
その笑みは、先ほどまでとは違う。
「お前ら、あのガキの仲間ってわけか」
セドリックさんは赤い瞳を細め、
「……やはり、ご存じなのですね」
「だったらどうした?」
「簡単な話です」
ナイフを一本取り出した。
「ルカ様を返していただければ、それで済みます」
「ガハハハ!そんな簡単に返すと思うか?」
レオンの瞳が鋭くなると、
「……なら、聞き方を変える」
男がこん棒を構えた。
「俺様を倒してみろ!」
巨大なこん棒が甲板を叩きつける。
木の床が砕け、破片が飛び散った。
「……!」
レオンとセドリックさんが左右へ飛び退く。
「これは……随分と力がありますね」
「感心してる場合か」
レオンが身を低くし、
「俺が行く」
「承知しました」
地面を蹴った。
一瞬で距離を詰め、
「毒の呪い《ヴェノム・マレディクション》」
無数の毒針が、男へ向かって飛んでいく。
毒針が、バルガの腕や肩へ突き刺さり、
「……!」
普通なら、ここで動きを止めるはずだった。
しかし――、
「ガハハ!」
男は笑っていた。
「……それだけか?」
指で毒針を抜くと、
「な……」
レオンの表情が僅かに変わる。
「バルガ様を止めるには、足りねえな」
「……」
レオンは再び毒針を構えたが、
「だったら――」
「私の番ですね」
セドリックさんが前へ出た。
赤い瞳が妖しく輝くと、
「魅惑の鬼《テンプテーション・オーガ」
空気が変わった。
妖しく甘い魔力が、バルガの身体を包み込む。
「……」
バルガの動きが止まる。
セドリックさんは静かに微笑んだ。
しかしバルガは、ゆっくりと顔を上げた。
「……ちっとも眠くねぇな」
「……!」
セドリックさんの笑みが消える。
「ガハハハハッ!そんなもんで俺様を眠らせようってのか!」
「……効いていない?」
「眠気すら感じねえ!」
バルガがこん棒を振り上げ、
「だったら――」
横薙ぎの一撃が走り、レオンが飛び退く。
セドリックさんも身を捻ってかわし、
「速い……!」
ナイフを投げる。
バルガは顔を僅かに逸らしたが、ナイフが頬をかすめる。
「そんな小細工が――」
こん棒の一振りで、フォークが弾き飛ばされた。
「俺様に通じるかぁ!!」
「……!」
レオンが横から飛び込み、
「俺の呪いでも、食らってろ!」
毒針がバルガの首筋へ突き刺さる。
今度こそ、確実に入った。
だが、やはりバルガは笑っていた。
「だから――」
バルガはレオンの腕を掴み、
「効かねえって言ってんだろ!!」
「……っ!」
レオンの身体が宙へ放り投げられる。
「レオン様!」
セドリックさんが駆け出すが、バルガのこん棒が迫ってきた。
ナイフを交差させ、どうにか受け止めた。
「……っ!……これは……!」
セドリックさんの足が甲板を滑る。
「私の力でも……押し切られる……!」
バルガが牙を見せて笑う。
「ガハハハ!」
レオンは甲板へ叩きつけられた身体を起こし、
「……セドリック」
「はい」
「……こいつ、強いぞ」
「えぇ」
セドリックさんも構え直す。
「どうやら、今までの魔物とは……次元が違うようですね」
バルガは、こん棒を肩に担き、
「やっと分かったか」
その目には、圧倒的な余裕があった。
「俺様を眠らせようなんざ、百年早ぇんだよ!」
海風が吹き抜ける。
二人の目に、戦意は消えていない。
「……毒が効かないなら」
レオンは口を拭いながら、立ち上がり、
「効くまでやるだけだ」
セドリックさんも、そんなレオンを見て微笑んだ。
「えぇ。この程度で、眠らないのであれば、眠るまでお相手しましょう」
「ガハハハハッ!面白ぇ!」
三人の間に、再び殺気が走った。
犯罪者集団のボス――バルガ。
絶対に、逃がすわけにはいかない。
レオンとセドリックさんは、同時に地面を蹴った。
そしてバルガも、巨大なこん棒を振り上げる。
夜の海に、三人の戦いの音が響き渡った。




