第20話 蛇と吸血鬼にご注意!!
その頃、旅客船の甲板では、レオンとセドリックさんが、船内へ続く階段をじっと見つめていた。
先ほど僕を助けに、地下へ向かったリリアーヌさん。
僕達が戻ってくるのを、甲板で待っているのだ。
「……遅いな」
レオンが呟く。
何度も船内へ視線を向けるが、二人の姿はまだ見えない。
「リリアーヌ一人で行かせて良かったのか?」
セドリックさんは、穏やかな笑みを浮かべたまま、
「えぇ」
「……えぇって」
レオンが眉を寄せる。
セドリックさんは、船内へ続く階段を見つめた。
「お嬢様の意見も、尊重してあげませんと」
「……」
「他人の意見ばかり飲み込んでいては、上の立場には立てませんからね」
レオンは黙り込んだ。
リリアーヌは、ドラグニス家の次期当主で、いつまでも誰かに守られているだけではいけない。
「……あいつも、強いんだな」
レオンが小さく呟くと、
「えぇ」
セドリックさんは微笑んだ。
「以前のお嬢様でしたら、あそこまで迷わず行動できなかったでしょう」
「……ルカを助けたいって、自分で決めたんだもんな」
「はい」
セドリックさんは頷いた。
「ですから、私はお嬢様を信じています」
「……」
レオンは再び階段へ目を向けると、
「……俺も信じるしかねえか」
「敵襲だ!!」
突然、船内から怒鳴り声が響いた。
「集まれ!」
「ガキ二人に手こずるな!」
「逃がすな!!」
レオンが立ち上がると、
「……!」
セドリックさんも、静かに目を細めた。
「どうやら……」
「見つかったみたいだな」
レオンが拳を握る。
「リリアーヌ……」
「お嬢様とルカ様が戻られるまで――」
セドリックさんは懐からナイフを取り出し、
「私達が時間を稼ぎましょう」
「……ああ」
階段の前へ立つ。
するとしばらくして、大勢の足音が近づいてきた。
「いたぞ!」
「あそこだ!
「逃がすな!殺せ!」
次々と魔物が階段を駆け上がってくる。
「これで全部か?」
レオンが、集まってくる魔物達を見渡すと、セドリックさんが数えるように視線を動かした。
「ざっと……二十くらいはいますかね?」
甲板には、二十を超える魔物達が二人を囲んでいた。
槍を構えている魔物に、斧を肩に担いでいる魔物。
鋭い爪を持った魔物。
そして、
「……あれは?」
何人かの魔物の肩には、見たこともない珍獣が乗っていた。
そんな珍獣は、レオンをじっと見つめている。
「珍しい魔物を連れているようですね」
「俺達の邪魔をするなら、全員倒す」
「おやおや」
セドリックが微笑むと、
「随分と頼もしいですね」
魔物達が、一斉に武器を構えた。
「ガキから行け!」
「囲め!」
「首はバルガ様に届けろ!」
レオンが一歩前へ出ると、槍を持った魔物が、真っ先に突っ込んできた。
「死ねぇ!」
「……遅い」
レオンは身体を僅かに横へ逸らした。
槍が目の前を通り過ぎると、そのまま魔物の懐へ入り込む。
「毒の呪い《ヴェノム・マレディクション》」
レオンの指先から、鋭い毒針が飛び出し、
「ぐっ……!」
魔物の腕へ突き刺さる。
魔物は槍を落とし、その場に膝をついた。
レオンは膝を付いて動かなくなった魔物を一瞥し、
「俺の呪いでも、食らってろ」
「ぐ……あ……」
魔物がそのまま倒れ込んだ。
「一人」
その直後――、
「レオン様、右です」
「……!」
巨大な斧が振り下ろされる。
一本のフォークが飛んできて、斧を弾き飛ばしたのだ。
「……助かった」
「いえいえ」
セドリックさんは涼しい顔で笑っていて、手にはもう一本のナイフが握られていた。
「執事たるもの、ご友人をお守りするのも仕事ですから」
「……お前、本当に執事か?」
「もちろんです」
セドリックさんは一歩前へ出ると、手首を軽く振った。
ナイフが宙を舞い、
「さて――」
魔物が飛びかかってくる。
「少々、お行儀の悪いお客様が多いようですね」
ナイフが魔物の腕をかすめ、
「ぐっ!」
続けて、フォークが二本。
「ぐあっ!」
さらにもう一本。
「ぎゃあっ!」
セドリックさんは、まるで食事の準備をするような優雅な所作で、ナイフとフォークを次々と投げつけていく。
すると、セドリックさんの瞳が、妖しく赤く光った。
「魅惑の鬼《テンプテーション・オーガ」
空気が変わり、セドリックさんの周囲から、妖しく甘い魔力が広がっていく。
「な……なんだ……?」
「身体が……」
「眠……い……」
魔物達の動きが止まり、一人、また一人と、次々と膝から崩れ落ちていく。
「……眠らせたのか」
「えぇ。私に噛まれたり、血を吸われたりした者は、眠りに落ちてしまいます」
「……なら、噛めば早いだろ」
「おや」
セドリックさんが少し困ったように笑うと、
「私が戦闘中に無闇に噛みつくような野蛮な真似をするとお思いですか?」
「……吸血鬼だろ」
「吸血鬼にも品格というものがあります」
「……はぁ」
レオンは呆れたように呟く。
その瞬間――、
「シャアアアッ!」
レオンの足元から、一匹の蛇が飛び出した。
「なっ!?」
魔物の腕へ噛みつき、
「ぐあああっ!」
魔物が苦しみながら倒れた。
「……よくやった。あんな奴ら食べても、美味しくないから、肉は食べるなよ?」
蛇はレオンの足元へ戻ってくる。
その姿を見た魔物達が、後ずさった。
「へ、蛇……?」
「こいつ……蛇人族か!」
レオンの瞳が細くなり、
「……だったら何だ」
指先に、再び毒針が現れる。
「お前達が知る必要はない」
毒針が夜の甲板を駆け抜け、
「ぐあっ!」
「うわぁっ!」
魔物達が次々と倒れていく。
レオンは倒れた魔物達を見渡すと、
「……まだいるな」
セドリックさんがナイフを構える。
「えぇ。まだ十人ほど」
「……そうか」
レオンの表情は変わらない。
「なら、全員眠らせる」
「それは私の台詞ですよ」
二人の背後には、まだ戻ってきていない、僕とリリアーヌさんが居る。
「……お嬢様方が戻るまで、一人たりとも、ここを通しません」
レオンも、冷たい目で敵を見据えた。
「……邪魔するなら、倒すだけだ」
「行けぇぇぇ!!」
残った魔物達が、一斉に襲いかかった。
甲板を埋め尽くす程の魔物達。
対するのは、蛇人族のレオンと、吸血鬼のセドリックさん。
二人の戦いは、まだ始まったばかりだった。




