第19話 燃える闘志を灯して
僕は、旅客船の地下にある部屋に閉じ込められていた。
船が揺れるたび、床から小さな振動が伝わってくる。
薄暗い部屋で窓もなく、外の様子を見ることもできない。
先程、氷の魔法を使う、あの見張りの魔物が食事を持ってきた。
「……」
目の前に置かれた料理を見つめる。
湯気が立っていて、見た目はとても美味しそうだった。
けれど、僕は食べる気になれなかった。
「……美味しそうだけど」
僕は冷めていく料理を見つめる。
「どうせなら、レオン達と食べたい」
レオンなら、きっと何か文句を言いながら食べるだろう。
リリアーヌさんなら、セドリックさんの料理を嬉しそうに褒めるだろう。
そして僕は、そんな二人を見ながら笑っている。
それだけの時間が、今は恋しかった。
「……レオン…リリアーヌさん……」
当然、返事はない。
料理から立ち上っていた湯気も、いつの間にか消えていた。
「……冷めちゃった」
僕はフォークを置いた。
今は、食事よりも二人のことが心配だった。
「……みんな、無事かな」
視線を落とすと、両手は自由に動かせるようになっていた。
けれど、僕の足首には、青白い氷の鎖が巻きついている。
その鎖は、ベッドの足へ繋がっていた。
「……これじゃ、部屋から出られない」
試しに引っ張ってみるが、やはり氷の鎖は、びくともしなかった。
「……やっぱり無理か」
僕はベッドに腰を下ろした。
その時、廊下から足音が聞こえてきたのだ。
「……?」
僕は顔を上げる。
足音は、こちらへ近づいてきて、
「ルカ……? 居ますの……?」
聞き覚えのある声がした。
「……!」
鍵が開く音がし、少し開いた扉の隙間から、ゆっくりと顔を覗かせたのは――、
「リリアーヌさん!」
思わず声を上げる。
すると、リリアーヌさんはすぐに口元へ人差し指を当てた。
「しー……ですわ」
小声で囁くと、
「他に見張りが居るかもしれないですもの」
「……!」
僕も慌てて口を閉じる。
リリアーヌさんは周囲を警戒しながら部屋へ入り、僕のところまで近づいてきた。
「まあ……」
足元にある氷の鎖を見つめ、
「こんな物で拘束されていましたのね」
「うん……」
僕が足を動かすと、氷の鎖がジャラッと鳴った。
リリアーヌさんは、それを見て小さく笑う。
「こんな物、私にかかれば容易いですわ」
そう言って、手のひらを僕へ向けると、小さな炎が灯った。
「や、優しくお願いします……」
僕は少し不安そうに言うが、リリアーヌさんは得意げに笑った。
「少しくらい我慢してくださいまし」
「えぇ……」
リリアーヌさんが、ゆっくりと炎を氷の鎖へ近づける。
氷の表面から、白い蒸気が立ち上った。
「おお……!」
少しずつ、少しずつ、氷が溶けていく。
やがて氷が溶け落ち、僕の足首から、鎖が外れる。
二人の足元には、小さな水溜まりができていた。
「……やった!」
僕は立ち上がり、
「ありがとう! リリアーヌさん!」
嬉しくて気がつけば、リリアーヌさんに抱きついていた。
「……!」
リリアーヌさんの尻尾が、ピンッと真っ直ぐに立つ。
「き、気安く女性に抱き着いてはいけませんことよ!」
そう言いながらも、その顔はどこか嬉しそうだった。
「ご、ごめん!」
僕が慌てて離れると、リリアーヌさんは頬を少し赤くしながら、そっぽを向いた。
「……まあ」
そして、小さな声で続ける。
「無事だったのなら……よかったですわ」
「うん!リリアーヌさんも、無事でよかった!」
「……!」
リリアーヌさんの尻尾が、また嬉しそうに揺れたが、
「そ、それより!」
慌てて話題を変える。
「早くここから出ますわよ!」
「うん!」
僕達が扉へ向かおうとした時、廊下から、再び足音が聞こえた。
僕とリリアーヌさんは、同時に顔を見合わせる。
「……別の見張りですわ」
リリアーヌさんが小さく呟き、僕は息を殺した。
「……ん?」
すると廊下から、別の魔物の声が響き、
「おい!」
足音が止まる。
「どうした!」
僕とリリアーヌさんは、そのまま息を潜める。
「おい! しっかりしろ!」
どうやら、部屋の前で倒れている見張りに気付いたらしい。
「……気絶してる?」
声が低くなり、そして、
「敵襲だ!!」
船内に響き渡るほどの大声が上がった。
「構えろ!!」
「……!」
僕は息を呑む。
リリアーヌさんは、すぐに僕の前へ出た。
「……見つかりましたわね」
「どうしよう、リリアーヌさん……!」
「どうするも何も――」
リリアーヌさんの手のひらに、再び炎が灯る。
その瞳には、恐怖ではなく――強い闘志が宿っていた。
「ルカを連れて、ここから脱出しますわ!」
廊下の向こうから、次々と足音が聞こえてくる。
「逃がすな!」
「何処だ!」
僕はリリアーヌさんの背中を見る。
さっきまで僕を助けてくれた小さな背中が、今はとても頼もしく見えた。
「……うん!一緒に逃げよう!」
「えぇ!」
リリアーヌさんが頷くと、その手のひらで、炎が大きく燃え上がった。
「行きますわよ!」
僕達は、迫り来る見張り達へ向かって、走り出した。




