第17話 さよなら
セドリックさんは学園長に事情を話した後、何故か胸の奥がざわつき、急いで街の広場へ戻って来ていた。
「……お嬢……様?」
広場を見渡すが、待っているはずの三人の姿が、どこにもない。
「……ルカ様と……レオン様も……居ない……」
いつもの穏やかな笑顔が、セドリックさんの顔から消えていく。
先ほどまで僕達が食事をしていたベンチを探しても、三人の姿はなかった。
「……まさか」
セドリックさんは辺りを見回す。
その時――、
「お嬢様! レオン様!」
遠くから、二つの人影が走ってくるのが見えた。
「……!」
セドリックさんは駆け寄るが、
「お嬢様!」
二人は俯いたままだった。
「セドリック……ごめんなさい……」
リリアーヌさんの声は震えている。
今にも泣き出しそうだった。
レオンも拳を握りしめたまま、俯き、
「俺が……行こうって言ったんだ」
苦しそうに続ける。
「……すまない」
セドリックさんは二人を見つめ、ある事に気付く。
「……ルカ様は?」
その一言で、二人の肩が震え、リリアーヌさんの瞳が揺れる。
「私を……庇って……」
リリアーヌさんの声が震え、
「私を庇って、捕まってしまいましたの!」
「……!」
「どうしましょう……!」
瞳から、大粒の涙がこぼれそうになる。
「ルカが……ルカが……!」
その肩に、セドリックさんが手を置いた。
「……しっかりしてください」
「セドリック……?」
いつもの優しい声ではなかった。
「貴女は――次期、ドラグニス家の当主ですよ!」
「……!」
リリアーヌさんが顔を上げ、
「そんな事で、どうするんですか!」
レオンも驚いたようにセドリックさんを見る。
「泣いている暇があるのですか!」
「……っ」
「ルカ様は、貴女を助けるために残ったのでしょう?」
リリアーヌさんは唇を噛みしめる。
「ならば、今するべきことは一つです」
セドリックさんの瞳が、真っ直ぐリリアーヌさんを見つめる。
「ルカ様を――助けに行くのです」
「……はい!」
リリアーヌさんは涙を拭った。
「わたくしが……ルカを助けますわ!」
「俺も行く」
「えぇ、共に参りましょう」
「……う……」
ゆっくりと目を開けると、
「……ここは?」
薄暗く、鼻をつくのは、潮の匂いと古い木材の匂いだ。
僕は身体を起こそうとしたが、
「……っ」
身体が動かない。
「……動けない」
視線を落とすと、両手首と足首には、青白い氷で作られた手錠が嵌められていた。
「……氷?」
手首を動かしてみると、冷たい音が響く。
僕は試しに、隣に積まれていた木箱へ氷の手錠を思い切りぶつけた。
「……!」
痛みが手首に走る。
けれど、氷の手錠は傷一つつかなかった。
「……ビクともしない」
そして、ふと気付く。
腹に刺さっていた氷の矢がない。
服には穴が残っているが、傷は綺麗に塞がっていた。
「……治癒魔法?」
あの魔物は、僕を"売り物"と言っていた。
売るつもりなら、傷ついたままにはしておくわけがない。
「……嫌な感じだ」
その時、遠くで鉄の扉が開く音がした。
「……!」
複数の足音が、こちらへ近づいてくる。
僕は息を殺した。
入ってきたのは、大柄な男だった。
耳は尖っていて、口元からは鋭い牙が覗いていた。
そして、なぜか手には骨付きの肉を持っている。
「ガッハッハッ!」
男は豪快に笑い、
「お前が、アルテミス家の人間か!」
その後ろから、あの緑色の魔物も近づいてくる。
僕は大柄な男を睨みつけた。
「……誰……?…僕は、お前みたいな魔物、知り合いじゃない」
「ガッハッハッ!」
男はさらに大声で笑い、
「威勢がいいじゃねえか!」
骨付き肉にかぶりつく。
「俺様は、バルガ様だ!」
「……バルガ……?」
「まあ、お前はそんな事、どうでもよくなる!」
バルガは肉を食べながら、緑色の魔物へ顎をしゃくった。
「ほら、早く船に乗せてしまえ!」
「へい」
緑色の魔物が僕へ近づいて来て、
「……早く立て」
「……」
僕は立ち上がろうとする。
氷の手錠が、何とかならないかと動かしていると、ガチャリと音を立てた。
「変な真似したら――」
緑色の魔物が僕の顔を覗き込み、
「分かってるよな?」
僕は黙って睨み返した。
すると、魔物は口元を歪める。
「お前の友達も……道連れにされたいか?」
「……!」
レオンに、リリアーヌさん。
二人の顔が頭に浮かぶ。
「……卑怯だ」
「ヒヒヒ…何とでも言え」
僕は拳を握りしめた。
抵抗したい、逃げたい。
でも僕が逆らえば、二人まで狙われるかもしれない。
「……分かった」
僕はゆっくりと歩き出し、
「おとなしくする」
「物分かりがいいじゃねえか」
それ以上は何も言わなかった。
倉庫の外へ出ると、すっかり夜になっていた。
港には、一隻の古びた旅客船が停まっているが、塗装は剥がれ、船体にはいくつもの傷がある。
どう見ても、長い間使われていない船だった。
「……これに乗るの?」
「そうだ」
緑色の魔物に背中を押され、
「お前の新しい行き先だ」
「……」
僕は船を見つめる。
どこへ連れていかれるのか、誰に売られるのか、何も分からない。
僕は――、
**アルテミス家の人間だから、売られる。**
「……レオン……リリアーヌさん」
二人の名前を、心の中で呼ぶと、僕は船へ乗り込んだ。
バルガも後から乗り込むと、やがて、古びた船がゆっくりと港を離れていく。
遠ざかる街、小さくなっていく港。
僕は船の上から、ただそれを見つめていた。
「……ごめん」
もう一度だけ、二人の名前を心の中で呼ぶ。
そして――、
「……さよなら」
その言葉を最後に、船は暗闇の向こうへと消えていった。




