第15話 夕暮れは闇と共に
あれから、僕達は街のあちこちを探し回った。
けれど、有力な目撃情報は、一つも得られなかった。
気がつけば、太陽は少しずつ傾き始めている。
「……そろそろ休憩にしましょうか」
セドリックさんの提案で、僕達は街の中央にある広場へ戻ってきた。
噴水の縁に腰を下ろし、セドリックさんが用意してくれた食事を広げる。
「わぁ……!」
包みを開いた瞬間、僕のお腹が鳴った。
「いただきます!」
僕はサンドイッチを手に取り、大きな口を開けて頬張る。
「……ん!」
思わず目を輝かせ、
「美味しい!」
「そうでしょう?」
リリアーヌさんが嬉しそうに笑う。
「セドリックの作るご飯は、とても美味しいのですわ」
「有り難き幸せ」
セドリックさんは紅茶を淹れながら、丁寧に頭を下げた。
僕はもう一口、サンドイッチを頬張る。
「これ、何が入ってるの?」
「野菜と卵、それから少々香辛料を効かせております」
「へえ!」
隣では、レオンもサンドイッチを食べていた。
こちらには、分厚いチキンカツが挟まっている。
レオンは一口食べると、少しだけ目を見開いた。
「……これはピリッとして美味いな」
「お気に召していただけたようで何よりです」
セドリックさんが微笑むと、
「アップルパイも楽しみですわね」
「うん!」
「……お前ら」
レオンが呆れたようにため息をついた。
僕達が食事をしていると、どこからか、食べ物の匂いを嗅ぎつけた小さな影が近づいてきた。
「……あれ?」
茂みの向こうから現れたのは、リスだった。
その後ろからは小鳥が。
そして、ひと回りほど小さな蛇まで姿を現した。
「可愛いですわね」
リリアーヌさんが目を輝かせる。
小動物達は少し警戒しながら、こちらへ近づいて来て、レオンはしゃがみ込み、人差し指を差し出した。
「どうした?」
小動物達は少しビクリとするが、レオンの指先へ近づき、くんくんと匂いを嗅いだ。
すると、リスがぴょんっとレオンの肩へ飛び乗った。
小鳥も反対側の肩へ乗り、蛇は、するするとレオンの腕へ絡みついたのだ。
「わぁ……!」
僕は思わず声を上げるが、
「レオン、すごい!」
「別に」
レオンは素っ気なく答える。
けれど、肩のリスが落ちないように、ほんの少しだけ身体を動かしている。
リリアーヌさんが微笑んだ。
「随分と懐かれましたわね」
「こいつらは警戒心が強いんだ」
レオンは腕に絡みついた蛇を優しく撫で、
「俺の匂いで、危険じゃないのか分かってくれたみたいだ」
その時、蛇が突然レオンに顔を向けた。
「……」
「どうした?」
レオンが蛇を見ると、何度か舌を出した。
「……なるほど」
「どうしたの?」
僕が尋ねると、レオンは蛇へ顔を近づけた。
「お前、この街で妙な奴を見なかったか?」
「……」
「どんな奴だ?」
蛇は身体をくねらせ、
「緑色……?」
「……」
「長い舌は?」
「……」
レオンはさらに尋ね、
「何か持っていたか?」
蛇は背中に何かを背負うような動きをした。
「いっぱい入ってそうな袋…?」
「……」
蛇が勢いよく舌を出し、
「そいつは、どこへ行った?」
街の東側を向いた。
「……東?」
レオンが目を細め、蛇はさらに先を示すように身体を動かした。
「古い倉庫……か?」
「……」
レオンの表情が変わった。
「他にもいたか?」
蛇は何度か身体を揺らし、
「一匹じゃない?」
「……」
「……仲間もいるってことか」
僕の胸が高鳴った。
「それって……犯罪者集団の拠点かもしれない!」
「まだ決まったわけじゃないぞ」
レオンは冷静に答える。
「だが、調べる価値はある」
蛇は地面へ降りると、そのまま東側へ歩き始めた。
「……ついてこいってことか?」
「……」
蛇は一度だけ振り返り、レオンが立ち上がる。
「行くぞ」
「うん!」
「そうですわね」
リリアーヌさんも後に続こうとする。
その時、
「お待ちください」
セドリックさんが口を開いた。
僕達が振り返ると、セドリックさんは穏やかな笑顔を浮かべていた。
けれど、その目は真剣だった。
「学園長から、何と申し付けられたか覚えておりますか?」
「……無理をするな、ですわね」
「その通りです」
セドリックさんは頷いた。
「手掛かりが見つかったからといって、危険な場所へ向かうのは感心できません」
レオンが蛇を見ると、
「じゃあ、どうする?」
「私は一度、学園へ戻ります」
「え?」
「学園長へ報告してまいります。蛇から得た情報、そして東側の古い倉庫についてもお伝えしましょう」
セドリックさんは僕達3人を見る。
「その間、皆さんはこの広場で待っていてください。まだ、有力な情報が得られるかもしれませんから」
「……分かりましたわ」
「頼んだぞ」
「ありがとうございます」
セドリックさんは一礼し、
「では、少々お待ちくださいませ」
そう言って、学園へ向かって歩き出した。
僕達3人は、その背中を見送り、セドリックさんの姿が人混みの向こうへ消えた。
「……」
僕は蛇を見る。
蛇はまだ、街の東側を向いて、舌を出していた。
「……あの蛇」
僕が小さく呟くと、
「僕達を待ってる」
「そうですわね……」
リリアーヌさんも蛇を見る。
レオンは腕を組み、
「蛇の話じゃ、緑色の魔物は昨日、東側の古い倉庫へ入った」
「うん」
「もし今日もそこにいるなら、今ならまだ追える」
僕は拳を握った。
「僕のプロフィールを盗んだ魔物かもしれない」
「ルカ……」
「ここまで来て、目の前に手掛かりがあるのに……何もしないなんて、僕にはできないよ」
レオンが黙って僕を見ていたが、やがて、小さく息を吐いた。
「……俺も同じことを考えてた」
「レオン?」
「俺が外出許可を頼んだのは、情報を探すためだ。何もせず待ってるなんて性に合わない」
リリアーヌさんは困ったように尻尾を揺らす。
「ですが……セドリックとの約束がありますわ」
「分かってる。だから、倉庫へ乗り込むわけじゃない」
「え?」
「蛇について行って、場所を確認するだけだ」
レオンは僕達を見て、
「危険なら戻る」
僕は頷いた。
「それなら……」
リリアーヌさんは少し迷っているが、
「ルカを一人で行かせるわけにもいきませんもの」
「リリアーヌさん……」
「もし本当に、ルカのプロフィールを盗んだ魔物なら……」
真剣な表情になった。
「わたくしも、一緒に行きますわ」
「……」
「ありがとう!」
「勘違いしないでくださいまし!」
リリアーヌさんは慌てて顔を逸らす。
「これは、その……友達として当然のことですわ!」
レオンが呆れたようにため息をつく。
「お前、さっきまで待つって言ってただろ」
「分かっていますわよ!」
リリアーヌさんは頬を膨らませる。
「……でも、少しだけなら」
僕達3人は顔を見合わせ、
「セドリックさんが戻るまでに帰ろう」
「そうだな」
「えぇ」
一斉に頷いた。
学園長との約束を破ってまで、蛇の後を追って歩き始めてしまった。
それでも僕達が手掛かりを追ったのは、犯人をこの手で見つけたい。
その気持ちが、3人を動かしていたからだった。
夕暮れの街、僕達はまだ知らなかった。
この先に待っているものが、ただの「古い倉庫」ではないことを――。




