第12話 アルテミス家の汚点
僕たちは学園長と別れ、それぞれの帰路についた。
僕とレオンは男子寮へ、リリアーヌさんとセドリックさんは、ドラグニス家へと戻っていった。
――ただしその夜、まともに眠れたのは一人だけだった。
「…………極秘ミッション……」
僕はベッドの上で仰向けになりながら、天井を見つめていた。
学園長から与えられた、あまりにも魅力的な響き。
極秘ミッション。
その言葉が頭の中をぐるぐる回って、眠気なんてどこかへ消えてしまった。
「犯人を捕まえる……」
僕は布団の中で拳を握る。
「明日は何を調べようかな……」
「…………」
隣のベッドから、レオンの声が聞こえる。
「お前、さっきからそれ何回目だ」
「え?」
「同じこと、ずっと呟いてるぞ」
「あはは……だって、極秘ミッションだよ?」
「知らん」
レオンは布団を頭まで被り、
「さっさと寝ろ」
「うん……」
そう返事をしたものの結局、僕もレオンもなかなか眠れなかった。
そして、リリアーヌさんも同じだったらしい。
「極秘ミッション……」
自宅のベッドで、尻尾をぱたぱたと動かしながら眠れずにいる。
「明日は一体、何が分かるのでしょう……」
「…………」
その隣の部屋では、セドリックさんは静かに眠っていた。
いつも通り、まるで何事もなかったかのように。
――そして僕たちは結局、ほとんど眠れないまま朝を迎えた。
「ふぁ~~~~……」
大きな欠伸が出る。
鏡の前に立ち、僕は跳ねた髪を手で押さえた。
「うわ……ひどい寝癖」
何度手で撫でつけても、髪はぴょこんと跳ね上がる。
「…………」
隣ではレオンが鏡を見ながら、制服のネクタイを締めていたが、その顔には、寝不足の影がある。
「レオンも眠そうだね」
「誰のせいだと思ってる」
「え?」
「……何でもない」
レオンがネクタイを整えている、その時だった。
『――ピンポンパンポーン』
突然、寮内に放送が響くと、
『一年A組、ルカ・アルテミスくん』
「え?」
僕が顔を上げる。
『至急、学園長室までお越しください』
「…………」
放送が終わり、部屋に静寂が戻った。
「僕……?」
思わず自分を指差すと、レオンは鏡越しに僕を見る。
「……もしかしたら」
ネクタイを締め終え、振り返る。
「お前に関する何かを、盗まれたのかもな」
「…………!」
僕の表情が変わった。
昨夜の魔物が手にしていた紙のようなもの。
頭の中で、それらが一つに繋がったような気がした。
「…………」
僕は拳を握りしめ、
「ちょっと行ってくるね」
「ああ」
レオンは短く答えた。
「気をつけろよ」
「うん!」
僕は自室の扉を開ける。
そして学園長室へ向かうため、寮を後にした。
その頃学園長室では、二人の男が向かい合って珈琲を飲んでいた。
学園長と、僕の担任教師である。
「…………」
机の上には、一冊の分厚いファイルが置かれていた。
表紙には『一年A組 生徒資料』、そう書かれている。
学園長は珈琲を一口飲み、ファイルへ視線を落とす。
担任教師もまた、難しい顔をしながらそのファイルを見つめていた。
「まさか……」
担任教師が小さく呟くと、
「ルカ・アルテミスの情報を……」
「まだ決まったわけではない」
学園長は静かに答えた。
「だからこそ、本人に確認する必要がある」
「……はい」
その時、学園長室の扉がノックされた。
二人が顔を上げると、扉の向こうから、聞き慣れた声がした。
「一年A組。ルカ・アルテミスです」
学園長が咳払いを一つすると、
「うむ。入りなさい」
「失礼します」
扉が開く。
そこから、制服姿の僕が顔を覗かせた。
「おはようございます」
「おはよう、ルカくん」
学園長は穏やかに微笑むが、担任教師は椅子から立ち上がった。
「ルカ・アルテミス」
「はい?」
「学園長からは話を聞いた」
担任教師は腕を組み、僕を見つめた。
「今、呼ばれた理由は分かるか?」
「…………」
僕は少し考えた。
昨日の出来事が頭をよぎる。
盗難事件に関わる、緑色の魔物。
僕は学園長を見る。
「僕に関すること、ですよね?」
「…………」
学園長と担任教師が、一瞬だけ目を合わせ、その反応を見て、ルカはますます不安になる。
「やっぱり……」
「まあ、そう焦ることはない」
学園長が手で椅子を示す。
「座りなさい」
「はい」
「珈琲でも飲むかね?」
「えっ?」
僕が目を丸くすると、
「いいんですか?」
「もちろんだとも」
学園長は立ち上がり、窓際のコーヒーメーカーへ向かった。
カップを一つ取り出し、豆をセットする。
「昨日も飲みましたけど……学園長先生、珈琲好きなんですね」
「私の一日の始まりには、珈琲が欠かせんのだよ」
豆を挽く音が室内に響き、やがて、香ばしい香りが広がっていく。
僕は椅子に座りながら、机の上へ視線を落とした。
「…………」
そこにあったのは、一年A組のファイルだった。
そして、そのファイルは、
「…………あれ?破れてる……」
一ページだけが、不自然に破り取られている。
「…………」
胸が、嫌な音を立て、
「もしかして、僕のプロフィール……?」
珈琲を淹れていた学園長が、振り返った。
「あぁ」
学園長は珈琲メーカーのスイッチを切る。
「君のプロフィールだけ、無くなっているんだ」
「…………え?」
僕は思わず聞き返した。
「僕のだけ?」
「そうだ」
学園長はカップを手に取り、こちらへ戻ってくる。
「昨日、君たちが帰った後に、職員室を確認したら、見つけたんだよ。何枚かの資料が荒らされていたが――」
学園長は僕の前に珈琲を置く。
「君のプロフィールだけが、綺麗に抜き取られていた」
「…………」
僕は破れたページを見つめた。
昨日の魔物の姿が脳裏に浮かぶ。
手にしていた紙はーー、
「まさか……」
僕の口から言葉が漏れ、学園長は黙って頷く。
「私も、そう考えている」
「…………」
昨日、職員室へ侵入した魔物は、学園の物を物色していた。
そして偶然にも、このファイルを見つけてしまった。
そこに書かれていたのは、学園には入学出来ない筈の、無能力者。
あの有名なアルテミス家の無能力者。
魔物にとって、それはただの生徒のプロフィールではなかった。
「…………」
魔物は、その存在を知ってしまい、そして、その情報を持ち去った。
「……僕のプロフィールをどうするんですか?」
僕がが呟くと、担任教師の表情が険しくなる。
「無能力者という事を、魔物達に知られたら、襲撃されるかもしれない」
僕は困惑した。
「アルテミス家の人間だから……?」
「そこ、なのだよ」
学園長の声が、静かに響く。
「…………」
学園長は、破り取られた僕のプロフィールを見つめていた。
その時――ふと、何かに気づいたように視線だけを扉へ向ける。
「…………」
しばらく黙っていた学園長だったが、やがて口元に笑みを浮かべた。
「レオンくん、リリアーヌくん」
扉へ向かって、穏やかに声をかける。
「聞き耳を立てるとは、いい度胸をしているのお」
「…………!」
扉の向こうから、小さな声が聞こえた。
「バレてしまいましたわ……」
「リリアーヌが、もう少し静かにしないからだ」
「レオンだって、扉に耳を近づけていましたでしょう!?」
「俺はお前に付き合ってるだけだ」
「まあ!」
扉越しに、二人の小声の言い争いが聞こえてくる。
僕は思わず目を丸くした。
「……レオン?」
「…………」
「リリアーヌさんも?」
「…………」
しばらく沈黙した後、学園長がクスッと笑った。
「私を騙せると思ったら、大間違いだよ」
そう言って、扉を指差すと、
「入っておいで」
「……失礼しますわ」
ゆっくりと扉が開いた。
そこから、申し訳なさそうな顔をしたリリアーヌさんと、いつも通り不機嫌そうなレオンが入ってくる。
リリアーヌさんは胸の前で両手を合わせた。
「ご、ごめんなさいですわ……」
「何故ここにいるんだ?」
担任教師が呆れたように尋ねる。
「レオンから、ルカが呼び出されたと聞いて……」
リリアーヌさんは僕を見た。
「何かあったのではないかと、気になってしまいまして……」
「だから俺は――」
レオンがため息を吐く。
「リリアーヌが『行ってみよう』って言うから」
「ちょっと、レオン!」
「事実だろ」
「そうですけれど……!」
僕は二人を見て、思わず笑ってしまった。
「ふふっ……」
「ルカ!」
「だって……二人とも心配して来てくれたんでしょ?」
「…………」
レオンは気まずそうに顔を逸らした。
「別に」
「まあまあ。レオンったら素直じゃありませんわね」
「お前に言われたくない」
そんな二人を見て、学園長はまた小さく笑い、
「仲が良いのか悪いのか……実に面白いね」
そして、二人へ手招きする。
「ちょうどいい。二人にも、後で話そうと思っていたところだ」
「……私たちにも?」
リリアーヌさんが首を傾げる。
「ああ」
学園長の表情が、少しだけ真剣になる。
「昨日の盗難事件について――君たちにも知っておいてもらいたいことがある」




