第9話 捉えられない友人
「え……?」
あまりに信じられないことだったため、「ウーファイアという人物が他にもいるのだろうか」とアッシュは思ってしまった。
しかし魔法使いで「ウーファイア」という名を使っているのは、「マリ」だけのはずである。
この名を持つ大陸派遣者が何人もいれば、大陸にいる者たちが混乱してしまう。だから、セフィが言う「ウーファイア」は「マリ」で間違いない。
だがそうであるならば、アッシュはますますマリのことがよく分からなかった。
彼女は、誰かを自分に従わせるような人ではない。寧ろ、人を使うことを嫌うようなところがあった。
驚くアッシュに構わず、セフィは話を続ける。
「ご主人さまから、アッシュさんが幼馴染であることは聞いています。昨日、ご主人さまがお帰りになった際、『幼馴染に久しぶりに会ったんだけど、私がちょっと無理をさせてしまったから、暫く傍にいて助けてやってくれ』って言われたんです。ご主人さまはお仕事があるから難しいってことで、私が頼まれました。ご主人さまに仕えている人は他にもいますから、別に俺……えっと、私じゃなくても良かったんだと思いますが、『行きなさい』って指名されたので、『はーい』って返事してここに来ました」
そんな軽い頼みごとなのかと思わず言いたくなってしまったが、話を聞くとまた一つ信じられないことが出てきた。
セフィの話では、まるでマリがアッシュの心配をしているかのようである。
(じゃあ、マリは〈鏡写し〉を僕に使ったことを申し訳ないって思っているってこと? だけど、あのときのマリにそんな気持ちがあったように見えなかったけど……)
鋭い双眸が記憶の中で蘇る。
とてもアッシュを心配しているような目には見えなかった。どこか平和ボケしている彼のことを嘲笑い、責め立てているようでもあった。
しかしその一方で、アッシュの中ではセフィに「ご主人さま」と呼ばれるマリのことを信じたい気持ちもある。
幼いころから一緒にいたのだ。
アッシュが魔法使いとして落ちこぼれだと分かったあとも、彼女は見限るようなことはしなかったし、彼がいじめられていると庇ってもくれた。何より、進級のたびに落第しそうになるアッシュのために、「どうやったら魔力が弱くても、提示された魔法を披露し試験を通ることができるのか」ということを考え、傍にいて励まし、優しい声をかけ続けてくれていたのである。
アッシュの記憶の中にいるマリは、いつでも優しい。
そのため、アッシュの胸の内では二つの姿を持つマリのどちらを信じればいいのか、葛藤があった。
「マリが、僕の心配をしているって……、本当に?」
アッシュが「ご主人さま」の言葉に不信感を持っているとは知らないセフィは、彼の呟きに小首を傾げ、素朴な疑問を投げた。
「『マリ』とは、どなたのことですか?」
セフィはどうやら、「ウーファイア」が「マリ」という名前であることを知らないらしい。
「あ……、それは、えっと、マリっていうのは『ウーファイア』の本当の名前で、それで……」
急な質問にしどろもどろに説明したが、セフィは関心した様子を浮かべた。
「へぇ……ご主人さまの本当の名前って『マリ』さまっていうんですね。知りませんでした。というか、『ウーファイア』さまが本当の名前だと思ってました」
セフィに「ウーファイア」という大陸で使っている名前しか言わなかったということは、マリはわざと自分の名前を伏せていたということだろうか。
「もしかして言ってはいけないことでしたか、ね……?」
おずおずと尋ねるアッシュに、セフィはきょとんとした顔をする。
「どうでしょう。ですがご主人さまは、アッシュさんのことを心配して私をここに寄こしたので、本名を言ってしまったところで怒られなさそうな気がします。それに、私がご主人さまのことを『マリさま』とでも呼ばない限り大丈夫でしょう」
「そっか、そうですよね」
言われてみればその通りである。
セフィに言われてほっとしたとき、アッシュのお腹が「きゅるるる……」と鳴った。




