第33話 セフィの父
「終わりましたか?」
アッシュがマリの部屋から出ると、気づいたセフィが本から顔を上げて尋ねた。本棚にあった本を借りて、椅子に座って読んでいたらしい。羽織っていた生成り色のマントも脱いでおり、すっかりリラックスしていた。
「うん……」
アッシュの様子を見たセフィは、パタンと本を閉じると小首を傾げて尋ねた。
「元気がないですね。もしかして、アッシュさんの予想が外れたんですか?」
「そんなことはないよ。分かったこともあったから……」
「よかったじゃないですか」
アッシュの期待通りになったことを喜んで、セフィは顔をほころばせる。
一方のアッシュは、分かったことからさらに謎が発生してしまい、複雑な心境だった。
「……よかったことなのかな」
マリが魔法学校に対して不信感を持っているのは、「大陸派遣」のことが原因であることは間違いないだろう。
だが、実際に「大陸派遣」で何が起こっているのかがよく分からない。
「分かったこともあったのに、どうして浮かない顔をしているんです?」
アッシュはセフィの近くの椅子に座ると、マリの部屋で見た資料の内容を簡単に説明した。
「つまり、ご主人さまのお父上であるエミールさんの手記を読んで、『大陸派遣が、本当に大陸の人のためになっているのか謎になった』ってことと、『大陸派遣のせいで、派遣された魔法使いが苦労しているんじゃないか』って思ったってことっすね」
「大まかに言えば、そうなるかな」
セフィは、両手を頭の後ろに回して、「アッシュさんは、『魔法学校はいいことしかしていない』って思い続けてきたんすね」と呟いた。
ただそれだけのことなのに、「何も知らないんですね」と責められたような気がして、胸がチクリと痛んだ。
「……まあ、うん。そうだね」
小さくうなずくと、セフィは腕を下ろし、アッシュの顔を覗き込んだ。
「じゃあ、いいことを教えてあげるっすよ」
「いいこと?」
「俺の父さんは、『大陸派遣』に参加していた、スーベル島出身の魔法使いだったんです」
アッシュは言葉の意味を理解すると、ゆっくりと目を見開いた。
「そうなの?」
「はい。でも、それを知ったのは、ご主人さまと出会ってからでした」
「マリと?」
「そうっす。父は、俺が幼かったときに亡くなっていて、母は『あなたのお父さんは体が弱かったから』と言っていました。俺もそうなんだろうなって思っていたんです。ベッドで眠っていることが多かったから。ですが、二年前にご主人さまと出会ってから色んなことが分かりました」
「色んなこと……」
「ご主人さまが、スーベル島のことを教えてくれたっすからね」
「……」
「そうそう、ご主人さまが俺の家を訪ねてきたのは、『大陸派遣』された人たちの名簿と〈人探し〉の魔法を使って、俺の父親を捜していたからです。まあ、でも、最初は信じられなかったんですよ。父は、少なくとも実子である俺に、自分が魔法使いであることも、大陸派遣の仕事をしていたなんてことも一言も言っていなかったっすから。だから最初ご主人さまが来て、家を訪ねてきた理由を丁寧に説明してくださったんですが、『誰?』『スーベル島って何?』『魔法使いってどういうこと?』って、疑問ばっかりでしたもん。母は俺が連れていかれると思って、すごく警戒して『大陸派遣の仕事をしていた人なんて知らない』って突っぱねていたみたいですけど」
アッシュは眉を寄せた。
「連れて行かれる? セフィのお母さんはどうしてそう思ったんだろう? スーベル島の魔法使いと大陸の人との結婚がまずいと思ったとか? でも、別に大陸の人との婚姻は禁止されていなかったはずだけど……」
「大陸派遣」に行った者たちが、現地の者と結ばれることに対して禁止する項目などなかったはずである。
セフィは軽く肩をすくめて答えた。
「さあ、それは知らないっす。母が言うには、父は『仕事で失敗したから、故郷に戻りたくても戻れない状態にある』らしかったんですよ。要するに父は帰りたくても帰ったらまずい状況になるから帰れなくて、故郷のほうでは仕事の失敗をした責任を父に負わせたくて連れ帰りたいんじゃないかって考えていたんだと思います。でも、そのときにはもう父は亡くなっていたんで、俺は父の子どもだから、父の故郷に連れて行かれるとか、そういうことを母は思っていたんじゃないかな。ただ、これは俺の想像っす。母は、父のことについてそれ以上のことは何も教えてくれませんでした。何で話さなかったのかは分かりません。知っていて言わなかったのかもしれないし、知らなかったのかもしれない。……どちらにせよ母の態度を見る限り、父の過去に関しては口が堅くって、『話してくれないんだろうな』っていうのだけは分かっていましたけど」
「そっか……。ところで、マリはどうしてセフィのお父さんを捜していたんだろう?」
「ああ、それは、父に話を聞きたかったみたいです」




