第31話 手記
「それで〈鍵〉を持っていたんですね」
「うん」
セフィは理由が分かって、ほっとした表情を浮かべる。
「ご主人さまの家に入れる理由は分かりました。ですが、さっきおっしゃっていた『何かあるかもしれない』っていうのはどういうことっすか? 何があるんです?」
その問いにアッシュは、玄関から入って右側にある本棚に手を触れた。幅はアッシュが手を広げたほどあり、高さは床から天井に届くほどあるが、その中にびっしりと本が入っている。
「マリは物事をよく調べる人だから、もしかするとここに何かを調べた資料とかがあるかもしれないと思ってね。それにね、彼女は僕に『魔法学校に信じるたるものがない』ってことと、『魔法を消す』ってことを言ったんだ。だから、そういう考えに至ることになった何かが資料として残っているんじゃないかなって……」
すると、セフィは眉を曇らせた。
「もしかして家の中をあさるんですか? いいんすか? そんなことをやって……」
彼の問いは尤もである。
本人の許可なく部屋を物色することには強い抵抗感があるが、マリに会って話をしたくとも行き先すら分からないのである。セフィも「知らない」「聞いていない」のであるから、彼女に会うには次に何をしそうなのか調べて先回りをし、待ち伏せするしかない。もちろん、上手くいくとは限らないが。
「悪いことをする自覚はある。マリか、カイルさんに見つかったら怒られると思う。だけど、今はやるしかない……」
最後は自分に言い聞かせるように呟く。
アッシュは、セフィに笑みを向けた。
「これは僕の問題だ。だから、セフィは何もしないで。それに暇だったら、どこか自由に出掛けていいから」
セフィは観念したように大きく息をはいたあと、少しだけ笑った。
「……分かったっす。さすがに資料探しはできませんが、ご主人さまに『アッシュさんの傍にいろ』と言われているので、手伝えそうなことなら俺もやりますよ」
「ありがとう」
アッシュは早速資料探しに取り掛かった。
マリの部屋は、玄関から入って左側にある。物は全て棚や引き出しに入っているため、アッシュは一つずつ扉を開けて、棚から資料をひっぱりだして確認しはじめた。
魔法が使えれば、出したり片付けたりする作業は楽だが、使えないのだから仕方がない。地道にやるのみだ。
森の中ではあるが、木々の切れ間から陽光がこの家に注ぐ。窓から入ってくる日差しが強くなってきたころ、マリの部屋にある机の上には、彼女が書き留めたものが沢山広げられていた。
(『大陸派遣』の資料ばっかりだなぁ……)
魔法に関する記録もあるが、「大陸派遣」の資料が多く、「大陸はどういうところだ」とか、「どれくらい人がいる」とか、「環境はどうか」とか、そう言ったことが子細に書かれていた。
マリは余程この仕事が好きだったらしい。そうでなければ、このように集めることはなかったのではないかと思う。
「あれ? これは……、マリの字じゃないな……」
アッシュが一つずつ資料を確認していると、文字の筆跡が違うものが混じっているのに気付いた。
誰かの手記のようである。数十枚はありそうだ。
読んでみると、内容は断片的である。ただ、どれも不可思議なことが書かれていた。
——「大陸派遣」に選ばれる者たちは、「魔力の保有量が多い者」に限られている。
スーベル島において「魔力の保有量が多い者」というのは、「優れた魔法使い」というふうに考えられている。
魔力の保有量が多ければ、魔力消費の大きい魔法でも発動することができる。基本的に魔力消費の大きい魔法は、難解な魔法であることが多いので、ゆえに、「魔力の保有量が多い者」は「優れた魔法使い」とみられる。
よって、「大陸派遣」において「魔力の保有量が多い者」が選ばれるのは、「優れた魔法使いが行くことで、より多くの大陸の者たちを助けることができるであろう」ということなのだろう。だが、これは表向きの理由でしかない。私には裏の事情があるように思えてならない。
もう一つ気になることがある。「大陸派遣」が始まってから五年経っているが、一向にそれに関する書籍が魔法学校から出版されない。
代わりに「大陸派遣」に関する雑誌が、三ヶ月に一度発行されている。だが、書かれている内容は、「作物を植えたこと」と、「住民と交流をはかっていること」くらいだ。細かい部分は違うが、俯瞰してみればいつもそれを繰り返していることが分かる。
確かに、それらの仕事は行ってはいるので、嘘は書かれてはいない。
だが、それだけしか書かれていないのが問題である。
また、魔法使いが渡ったからといって、大陸の者以上に仕事をしているかというとそうでもない。理由は不明だが、同じ魔法でもスーベル島だと疲労など一切感じないのに、大陸で発動すると酷く疲れるのだ。
このような状況で、「大陸に魔法が使える者がおらず大変だから、魔法使いを派遣しよう」という理念で始めた「大陸派遣」は、本当に意味があるのだろうか。
それから、「大陸派遣」同士情報交換したくともできない。横のつながりが一切ないのだ。というより、関わっている暇が中々作れない。
「大陸派遣」された魔法使いたちは、大陸に作られた魔法学校関連の建物、「エルジア塔」に毎日赴き、その日やった仕事を事細かに報告しなければならない。これでは、情報交換のしようがない。「エルジア塔」にいて、「大陸派遣」を管轄する魔法学校の部署の者たちは、「このほうが色んな情報が集まってきますし、分かったことはすぐに共有できるのでいいはずです」と言う。確かにそれもその通りではあると思う。しかし……、本当にそれでいいのか?
また「大陸派遣」された者同士、会うことが難しくとも〈手紙〉の魔法を使えばよいかと思ったが、それも難しい。大陸で〈手紙〉の魔法を使うと、魔力の消費が大きい。下手すると人によっては、次の日の仕事ができないのである。
以上のことを考えると、「大陸派遣」の裏に潜むものが気になってくる。
魔法学校は、「大陸派遣」を行って何をしたいのだろう。大陸の者たちからの尊敬のまなざしがほしいわけではないはずである――……




