第30話 〈鍵〉
「そうなんだね?」
アッシュが重ねて問う。
「えーっと……、まあ、はい……そうっすね……」
セフィは観念したようにうなずいた。
もしかすると、マリから「言わないように」と念を押されていたのかもしれない。「聞いてはいけないことを聞いてしまったかな」という申し訳なさも相まって、アッシュはすぐに本題には入らず、まずは当たり障りのないことを尋ねた。
「カイルさんは元気?」
セフィは少し困ったような表情を浮かべる。
「うーん、どうでしょう……。元気なんじゃないっすかね」
「もしかして、最近は会っていないの?」
「会っていないといえば会っていませんが、そもそもカイル殿は俺たちと行動は共にしていないんですよ。時々ふらっと現れたかと思うと、ご主人さまと話したら早々に帰ってしまいます。少なくとも俺に対しては挨拶はあっても、会話はないっす。そういう感じなんで『会っていない』というより『見ていない』というほうが感覚的には近いんです。ですから、お元気かどうかと聞かれても、顔もよく見ていないので分かりません。ご主人さまに頼まれた仕事はしているみたいなので、その点から見たら元気なんだろうなと思っているだけで……」
カイルは元々人見知りで、内気な性格である。
アッシュとは幼いときから関りがあるので、表情豊かに接してくれるが、馴染みのない人とは自分から話をすることもない。そのため、カイルがセフィに対してそっけない態度を取っていると聞いても、アッシュは特に気に留めなかった。
「そうなんだ……。じゃあ、どんなことを話しているかも分からないってことだね?」
「お二人が話をしているときは、距離を取るように言われるので、何を話しているのかはさっぱりです。でも、遠目から見ると大抵言い争いをしているといいますか、喧嘩をしているといいますか……、そんなふうに見えます」
アッシュは耳を疑って聞き返した。
「喧嘩?」
「ええ。カイル殿が怒鳴っていたり、ご主人さまが強い口調で言い返したりしているのが聞こえるんで、そう思っているだけっすけど」
セフィの話に、アッシュはただただ驚いた。
カイルがマリに怒鳴っているところなど、今まで一度も見たことがないからである。物静かで、争いごとが嫌いな人のため、そもそもカイルが怒鳴るというのも信じられない。
「そっか……」
アッシュはリクとの兄弟仲がいいため、反りが合わないということがほとんどない。他の兄弟たちがそうであるとは思わないが、少なくともマリとカイルはお互いのことを尊重していたと思っていただけに、驚きを隠せなかった。
「ところで、アッシュさん。ここには誰もいないんですよね? ご主人さまのご家族はカイル殿しかいないっていってましたし、誰もいないのなら、もうここには用はないのでは?」
セフィに問われ、アッシュはここに来た目的を思い出す。
「誰もいないみたいだけど、中に何かあるかもしれないから、〈鍵〉を使って開けるよ」
アッシュはそう言って、掌にこの家の〈鍵〉である魔術式を光で再現すると、そっとドアに触れた。その瞬間、ガチャンと鍵が開く音が聞こえる。
彼はその音を聞くや否や、ドアを開けて「ごめんください。入らせてもらいます」と言って中へ入って行った。
外にいたセフィが、慌ててアッシュの背に声をかける。
「アッシュさん、これって不法侵入じゃないですか⁉」
アッシュは奥に入ろうとする歩みを止め、くるりと振り返る。
「実はね、この家の〈鍵〉は、マリのお母さんからもらったものだから大丈夫なんだよ」
「……もらった?」
セフィが聞き返すと、アッシュは家の中を懐かしく眺めながら理由を答えた。
「そう。マリのお母さん……ルシアさんって言うんだけど、家を長く空ける仕事をしていたから、マリとカイルさんが幼かったころはほとんどうちで生活していたんだ。カイルさんが学校を卒業してからは、こっちで生活していたけどね。それで、この家には人がいないことが多くて、ルシアさんの親友だった僕の母さんがこの家の管理を任されていたんだよ。僕はこの家の周りで遊ぶのが好きだったから、ルシアさんが帰ってくる年に二回と、母さんがひと月に一度この家を掃除しに行くときに必ずついて行っていた。ただ、魔法学校に通うようになってからは、僕自身落第の危機を避けなくちゃならないから遊んでいられなくなってしまって、母さんについていくのが難しくなっちゃってね。ルシアさんが帰ってくるときだけ行くようになった。そのことをルシアさんにぽつりと言ったら、『それならアッシュにも、この家の管理を手伝ってもらいましょう』って〈鍵〉をくれたんだ」




