第29話 森の中にある家
「魔法を使わない」という選択肢を出してくれるのは、これまでにマリと彼女の家族、そして弟のリクくらいなものだった。
「魔法を使わない」となると、いちいちアッシュの事情を説明しなければならない。
息を吸うように魔法を使っている者たちに、「魔法を使わない」という選択肢がないためだ。
だが、いざ説明をしようとすると中々に骨が折れる。毎日のように色んな人に同じ話を何度もしなければならないのはもちろん、説明したはずの相手にさえ同じこと繰り返し言わなければならないことがあるからだ。
もちろん、アッシュもそれは致し方ないことであることは分かっている。
彼の両親——特に母——ですら、息子が魔力保有量が少ないために、魔法を使わないようにしていることを忘れるときがあるくらいだ。もちろん、母に悪気はない。
それと同じように、彼の事情を知らない者ならなおさらだろう。
ただ、これが魔法学校に在学している十二年間もし続けていれば、さすがに辟易してくる。アッシュがヴィルリートの岩山が見える山の中で生活している理由の一つだ。それほどまでに家族やマリ以外とできるだけ関わらないようにしたいと思っていた。
だが、セフィはアッシュの「魔力」事情を前提に色々話をしてくれるので、説明せずに済む。マリや彼女の家族以外の他人で、ここまで関わるのが楽だと思ったのは初めてである。
アッシュは気持ち足取り軽く、森の中を進んで行った。
(変わってないな……)
セフィが黙って付いて来てくれるので、アッシュは昔のことを思い出していた。
木漏れ日が入ってくるこのブナ林は、魔法の使えないアッシュにとって一番の遊び場だった。魔法が使えなくとも、楽しいものが沢山ある。美しい声で鳴く小鳥のラドゥリアを木の影からこっそり眺めたり、日に当たると青く輝く蝶のシュラールを追いかけたり。川には魚がいて、手づかみで獲ったこともある。
アッシュが特に眺めるのが好きなのは、小さな草花や木々である。
例えば、春にはオオイヌノフグリが日が差すと花を咲かせ、暮れると花を閉じるところが見られるし、黄色い花を咲かせのちに白い冠毛を付けるガバコウエイはその過程が面白い。
また春に白い花が咲き、夏にかけて、小さな赤い実のつくチュエラの木。これは食べると甘酸っぱくておいしい。
森にはほかにも沢山の植物があって、毎日歩き回っても全く飽きない。
そのため、できれば足繫くこの森へ通いたかったが、来ることができたのは、年に数回ほどだった。それも「ある条件」が揃ったときだけである。
暫く歩くと、開けた場所に出た。そこには町にある家とは違った、木でできた簡素な平屋の家がぽつんと建っている。
「森の中に家がある……」
セフィが後ろで呟いた。
アッシュは構わずその家に近づき、木の扉の前で「ごめんください」と挨拶をする。
しかし返事はない。
「ごめんください、アッシュです」
もう一度言うが、やはり返事はない。
「あの、ここは誰の家なんすか?」
セフィは辺りを見渡しながらアッシュに尋ねると、彼は振り返って少し意外そうな表情を向けた。
「セフィは知らないんだね」
「どういうことっすか?」
「ここはね、マリの実家なんだよ」
アッシュがそう言うと、セフィは目を丸くする。
「え! ご主人さまの⁉ でも、何でここに来たんですか?」
「彼女のお兄さんに会えればと思ったんだよ」
現在のマリの家族は、六歳年上の兄一人である。それ以外に肉親はいない。
父親はマリが幼いときに亡くなってしまっており、母親は六年前に亡くなっているからだ。
兄しか肉親がいないのだから、もしかすると何かを話しているのではないかとアッシュは思ったのである。
「ご主人さまの御令兄って……、もしかしてカイル殿のことっすか?」
セフィが何気に言った名前に、アッシュは目を見張る。
「そうだよ。よく知っているね――」
アッシュはそう言いかけて、 あることに気が付いた。
「セフィがカイルさんのことを知っているってことは、もしかして、カイルもマリと行動をしているとか、あったりするの?」
尋ねると、セフィはぎくりと肩を震わせ、あからさまに目を逸らした。




