第23話 アッシュが作った魔法
アッシュの問いに、セフィは答えた。
「〈迷彩〉は、ご主人さまが使っているのを見たことがあるので知っています。空間に溶け込むみたいに、『姿が見えなくなる』んですよね」
説明を聞いて、アッシュは「そうそう」とうなずく。
しかし、セフィはあることに気づいて「でも」と言葉を続けた。
「それだけだと魔法学校に見つかるかもしれないっすよ。だって、〈迷彩〉で隠しても、魔力を見ることができる〈可視〉の魔法を使われたら、どこにいるか分かってしまうんですよね?」
セフィの意見は、尤もである。
〈可視〉というのは、彼の言う通り人から出ている魔力を可視化できる魔法だ。魔法を使っているときによく見える。
その魔法を魔法学校の教師は毎日のように使う。それは子どもたちが、いたずらで魔法を使うことがあるからであり、それを見抜くために普段から〈可視〉の魔法を使っているのだ。
よって、今回の魔法学校襲撃でも、犯人が〈迷彩〉などの魔法を使って姿を隠していたとしても、〈可視〉によって一発で見抜いてしまうだろうとセフィは言っていた。
「まあ、そうだね」
「でしょう? それにきっと魔法学校側の人たちは〈可視〉を使って捜していると思うっすよ。ついでに言ったら、〈迷彩〉を使ったほうが危険だと思います。だって『姿が見えなくなる』魔法を使うなんて、『いかにも悪いことをしている』ような気がするじゃないっすか」
(セフィも色々考えているんだなぁ…)
大陸出身の魔法使いにしてはよく魔法のことを知っているなと感心しつつ、アッシュはその抜け道をセフィに教えた。
「セフィの言っていることは分かるけど、どちらも解決できる魔法があるんだよ。それが、〈ベール〉の魔法。これを使うと『魔力が見えなくなる』。だから〈可視〉も効かない」
「え! そうなんすか⁉ そんな便利な魔法があるなら、何でご主人さまは教えてくれなかったんでしょう……」
小首を傾げるセフィに、アッシュもつられて不思議そうな顔をした。
言われてみれば、この魔法を使ったほうがマリにとっては有利なのではないか。それなのに、仲間であるセフィに言わなかったのは何故なのだろう。
「そうだよね……。結構便利だと思うんだけど……。それにこの魔法は、僕とマリの共作だし……」
さりげなく言った言葉に、セフィは目を丸くする。
「ええ? ご主人さまと二人で新しい魔法を作っていたんすか? 俺は新しく魔法を作るのって、とても難しいと聞きましたけど……。というか、魔法を作っていたことがあったなんて、ご主人さまはこれっぽっちも言っていなかったですし」
むすっとした表情を浮かべるセフィに、アッシュは苦笑する。
「うーん、マリが言わなかった理由は分からないけど、確かに新しい魔法を作るのは難しい……かな。あとは根気が一番必要。何度も試さないといけないし。僕は魔力が少ないから魔術式を作って、それを試すっていうのをマリがやってくれていたんだ。よく付き合ってくれたなって思う。普通はそんなこと面倒くさいから、既存の魔法しか使わないんだ」
ほとんどの魔法使いたちは、魔法学校で教える魔法だけを覚える。
しかし、それだけでも膨大な数があって、全てを使いこなせる人はいないし、普段の生活では学校で習ったことさえできていれば事足りるため、新しい魔法を作ろうなどと考えるものは稀である。
「じゃあ、どうしてアッシュさんはそんなことをなさっているんすか?」
「僕は魔法を使う魔力が溜まるまですごく時間がかかったから、その間が暇なんだよ。だから、自分が使える新しい魔法を考えたり、既存の魔法でも、できるだけ魔力が消費しないように考えたりってことはしていたかな」
(実家の仕事の妨げになるから、人に自慢できるようなことじゃなかったけど……)
アッシュの両親は「アーディ」と呼ばれる「魔法の補助道具」を作り販売して生計を立てている。
「魔法の補助具」には、作り手の魔力が込められているため、使用者の魔力負担が少なくなるのだ。
よって魔力保有量が少ない子どもや、沢山の魔法を日々使わなければならない者たちによく売れていたが、裏を返せば「アーディ」を制作する者たちは、人よりも魔力保有量が多くなければならないということである。
そのため、魔力保有量が極端に少ないアッシュは絶対にこの仕事には就けない。
ちなみにアッシュが子どものころ、息子が少しでも楽に魔法が使えるようにと、父と母が懸命にアッシュ用の「魔法の補助具」を作ってくれたことがあった。
だが、「魔法の補助具」に蓄積された魔力をあっという間に消費してしまうので、これでは仕事に支障が出ると、アッシュ用に作るのは諦めてもらったという苦い思い出がある。
今は生活に必要なもので、かつ、魔力消費の少ない「魔法の補助具」だけを作ってもらって、あの家で使っている。
「もしかして、ご主人さまがアッシュさんの能力でほしかったのって、そのことなんじゃ……」
〈鏡写し〉のことを言っているのだろう。
どうやらセフィも、何故アッシュのことを必要だったのか謎に思っていたらしい。
しかし、浮かびかけた解を、アッシュが「違うと思うよ」と言って、あっさり否定してしまった。
「だって、魔法ならマリだって作れるもの。魔法を作るには、魔術式の基礎を知っていないといけないんだけど、それを教えてもらったのは彼女のお母さんからだもの。だからマリだってやろうと思えばいくらでもできるし、僕と違って沢山魔力を持っていて試し放題だったと思うから、僕以上に魔法を作っていたと思うよ?」
「そうなんすか……」
「うん。——まあ、魔法の説明はこれからまたするとして、はい、これセフィの分ね。一旦魔力を入れて、身に付けておけば、一日持つから」
セフィにとっては魔法の話は面白いのだろうが、話し続けていたら日が昇るどころか暮れてしまう。
アッシュは持っていた魔術式の紙を彼に押し付けて、自分の分にはさっさと魔力を通して、ローブにくっつけた。このようにしておけば、何事もない限り蓄えた魔力が切れるまで〈迷彩〉と〈ベール〉の魔法は持続してくれる。
「ありがとうございます」
セフィも同じようにして魔力を通すと、上に着ている真っ黒なローブにくっつけた。姿が消える前に、アッシュが彼の手を掴む。
「〈迷彩〉と〈ベール〉を使うと、こうやって体が触れている間はお互いが見えるけど、離れたら分からなくなるってこと。そのときはもう魔法を解くしかない。あと、念のために言うけど、他の魔法使いにはこっちのことは見えていないし、魔力で感知することもできないから〈浮遊〉の移動は気を付けること。それと会話は〈ベール〉では隠すことはできないから、話すときは静かな声で」
「ああ、なるほど。『会話』は『魔力』じゃないっすからね。分かったっす。——それじゃあ、行きましょう」
「うん」
セフィは手の感触と会話を頼りに〈浮揚〉でアッシュを抱えると、再び〈浮遊〉を使いふわっと浮かび、そのまま木の上まで上昇する。視界が開けたところで〈風の壁〉の魔法を使うと、彼は速度を上げてハリオンに向かった。




