第22話 二つの魔法
セフィは少し真面目な表情で見返していたが、軽く肩をすくめると「分かりました」と首肯した。そして腰に手を当てて調子のいい笑顔を浮かべる。
「さすがにご主人さまから『手を貸してやってくれ』とまでは言われていないですけど、『傍仕えするからには役に立ちなさい』とは言われているんで、それなりには動けます」
「頼もしいね」
アッシュがつられて笑うと、セフィは微笑み返したあとに、静かに言った。
「そう言っていただけるのは有難いっす。でも、俺もご主人さまの邪魔はできません。ですから、今の状態ですとアッシュさんの望みを素直に聞き入れることができないんです。まあ、ハリオンの上空を通らずに、北側か南側から迂回して、魔法学校を遠目から見るくらいならできないこともないですけど……」
しかし、セフィの提案にアッシュは首を横に振る。安全かもしれないが、それでは時間がかかってしまう。
「迂回もしないし、遠目から見ることもしない。その代わり、ちゃんと安全策を講じていくよ。——セフィ、〈浮遊〉と〈風の壁〉をしている間に、あと二つ同時に魔法を動かしてもらうよ」
セフィは目を瞬かせた。アッシュから魔法の提案をされると思っていなかったのかもしれない。
「……ええと、二つ追加ってことですか?」
「うん」
セフィは顎を撫でて考える。
「いいっすけど、ものによっては〈浮遊〉と〈風の壁〉をしながらっていうと、難しいかも……。それに慣れていないものだと失敗するかもしれません」
そして彼は遠慮がちに続けた。
「あとですね……、アッシュさんは身をもって体験したと思いますが、俺はあなたと出会って早々魔法を失敗させています。ですから、『失敗する可能性もある』ということも忘れずに」
「失敗した」というのは、「引き出し」の話だろう。
ぶつけられたおでこの痛みは引いているし、大きな怪我にならなかったのだが、あれは思い出しただけでもちょっと痛い。
アッシュは引き出しが当たったところを軽くさすってから、次のように尋ねた。
「大丈夫だよ。紙に書いてある魔術式に、魔力を通して発動させるだけだから」
そう言って、アッシュはローブの内ポケットから五センチ四方の紙を取り出した。そこには細かな幾何学模様が描いてある。魔術式だ。
「紙に書いてある魔術式に、魔力を通して魔法を発動させる」というのは、魔法の基本中の基本の話である。
魔法は基本的に、魔術式に魔力を与えれば発動できるようになっている。
子どものときはその魔術式を地面やら紙に書いて、そこに魔力を通す練習をする。
それができるようになると、魔術式を言葉に置き換えられるようになり、魔法名を発すれば体内の魔力が魔術式を形成して、その魔法を発動させることができるのだ。
基礎的な魔法に関して、言葉に置き換えて発動できるようになると、応用が利くようになる。
難しい魔法の根本には、基礎的な魔法があるため、これができると紙に魔術式を書く練習をしなくても、最初から魔術式を言葉、つまり魔法名に置き換えて魔法を発動することができるのだ。ときには、体の動きによって発動させる場合もある。
しかし、「言葉」「体の動き」で発動する場合、持続系の魔法は、継続するためにそこに集中力を要する。
例えば〈浮遊〉ならば、飛んでいる間、意識を〈浮遊〉の魔法に向けていなければならない。もちろん慣れれば何てことないが、いつもやっていて慣れていることだとしても、そういう魔法を一度に複数行うのは簡単なことではなくなる。
だから、セフィは〈浮遊〉と〈風の壁〉のほかに、二つの魔法を使うことはできないと言ったのだろう。
だが、紙に書かれた魔術式に魔力を通すのは、これとは違う。一旦魔力を魔術式に通してしまえば、魔法使いの意志とは関係なく、魔力が切れるまで動いてくれるため、持続のことを考えなくていいのだ。
するとセフィは、ぱっと表情を明るくした。
「それならできると思います。あっ、でも、魔力の使用量にもよりますよ?」
「魔術式に魔力を通し、魔力が切れるまで動かし続ける」となると、それなりの魔力が必要だと思ったのだろう。実際、そういう魔法も多いが、アッシュは得意げに答えた。
「大丈夫。魔力はほとんど使わないんだ」
「それならいいっすけど……。それで、これはどういう魔法なんです?」
セフィはアッシュの手持ちを明るくするようにランタンを掲げて、紙に描かれた魔術式を見る。
その様子を見て、アッシュは答えた。
「〈迷彩〉と〈ベール〉って魔法だよ」




