第21話 魔法学校へ行く理由
ハリオンとの境には雑木林があり、セフィはあまり葉っぱや枝同士が重なっていないところを狙って、すーっと下に下りる。
空は晴れていても、木々の中なので夜陰のようだ。
同じように思ったのか、セフィが腰に付けていた小さいランタンに〈灯〉の魔法で火を灯してくれた。お陰でお互いの顔が見えるくらいに明るくなる。
(セフィって、大陸生まれの魔法使いっていう割に、ちゃんとしている……。マリに色々教わったのかな?)
実は〈灯〉だけでも辺りは照らせる。そのため、外にいるときや広い空間にいるときは〈灯〉を剥き出しのまま――つまり、火の玉のようなものを浮かせた状態で使う。
だが、〈灯〉の魔法は火系であるため、燃えるようなものが近くにあるとうっかり火が移ってしまうとも限らないのだ。そのため、こういう場所で〈灯〉の魔法を使うときは照明器具の中に〈灯〉を入れる。
当然この方法が一番安全なのだが、時々面倒くさがり屋な魔法使いがいて、〈灯〉を可燃性のものにくっつけて燃やしてしまうということもあるのだ。
セフィはその手間を惜しまずにやっているので、偉いなとアッシュは思った。
「ありがとう」
アッシュが礼を言うと、セフィはにっと笑う。
「どういたしまして」
それからアッシュは空を見上げる。これからどうするかを考えなければならなかった。
(とりあえず、セフィに迷惑がかからないような方法で、魔法学校に連れていってもらわなくちゃ……)
ここで引き返されても困るし、アッシュがセフィの力を借りずして魔法学校に行こうとすれば、彼に止められてしまうだろう。魔力の少ないアッシュは、セフィとやり合ったら確実に負ける。そのため、セフィに「仕方ないっすね、行きましょう」と言わせなければならない。
(「逆走」していることが気づかれないようにすればいいんだよね。だったら、あの魔法を使ってもらえば……)
アッシュは徐に自身のローブの中に手を突っ込むと、のそのそとポケットを探る。手に、ある紙が触れたのだが、そのときセフィが遠慮がちにアッシュを呼んだ。
「あのー、アッシュさん」
「うん? 何?」
「アッシュさんは、魔法学校に行って何をなさりたいんです?」
「え?」
アッシュが手を止めてきょとんとした顔を向けると、セフィは言葉を付け加えた。
「炎が上がっている現場を見たいんすか? それともご主人さまに会いたいんすか?でも、炎が上がっている現場を見たいってことなら危ないですし、ご主人さまは多分魔法学校のところにはいないっすよ。俺たちに近づくなって言っているくらいすっから……」
アッシュはローブから手を出すと、視線を暗い地面に落とし、言葉を選びながら言う。
「本当はマリに会いたいんだ。会って、話がしたい。でも、セフィが言うように魔法学校の近くに行ったところでいないだろうね。それは僕にも分かる。でも、彼女が何をしたのかを見て、そこから考えたいんだよ」
思いがけない答えだったのだろう。セフィは黒い瞳を見開いたあと、きゅっと眉を寄せた。
「何でそんなことを考えたいんすか?」
「セフィも知っての通り、マリは魔法学校を襲撃する前に僕のところに来ているんだ。確かにね、訪問理由が『〈鏡写し〉をするため』というなら話が通じるように思うよ。でも、僕の落ちこぼれ具合は彼女が一番知っている。僕はマリとは幼馴染で、ずっと彼女に頼って生活してきたからね。それなのにどうして足手まといになるような『僕の〈鏡写し〉』をわざわざ作って、その上連れて行ったのかが分からない。百歩譲って、本当に何らかの役に立つことがあって〈鏡写し〉に来たとしても、その用事が済んだら僕のことを放っておけばいいでしょう? それなのに、彼女はセフィを僕のところに寄こしてくれた。しかも、君は僕のことを気にしてくれている」
するとセフィは身じろぎする。
「それは、ご主人さまに言いつけられたからで……」
アッシュはセフィを見て、くすっと笑った。
アッシュのことを心配しているのは自分の意志とか、本意ではないと思っているのかもしれない。そしてどこか、後ろめたい部分があるのだろうとも思う。
しかし、彼の言動を見れば、ちゃんと優しさがあることをアッシュは感じている。
「うん、それは分かっている。だからもしかすると、半分は監視みたいなところもあるんじゃないかなって思うんだけど、仮に勝手に動いてほしくなければ、僕をあの家に閉じ込めておくだけでよかったはずなんだ。でも、そうしていないし、セフィの行動は、意外と君に任されている。『魔法学校へは近づくな』とかは言われているけど、絶対ってわけじゃないさそうだしね」
「……」
「それで、僕は思うんだよ。セフィはマリから『アッシュが行動するようなときがあったら、手を貸してやってくれ』とかなんとか言われているんじゃないかなって。でも、そうだとしたら、マリは僕の行動に期待しているんじゃないかとも思うんだ。『マリにとって都合のいい行動』を取ることを……」
最後は呟きのようになった。
本当のことは何も分からない。
魔力のないアッシュなど眼中にもないということかもしれないが、それならば、やはりセフィを寄こした理由が分からない。
そのため、マリはアッシュに何か行動を起こしてほしいのではないか、と思ったのである。
「……それで、魔法学校へ?」
「そう。だから、行って、この目で見て考えたいんだ。それにね、セフィ。一番簡単なのは、君に『マリのところに連れて行って』って頼むことだけど、連れて行ってくれないだろう?」
セフィはしゅんとして、小さくうなずいた。
「はい……。それはできないっす。すみません……」
板挟みになっているのだろう。
セフィはご主人さまであるマリに忠実だが、目の前にいるアッシュに対して冷徹にはなれない。彼にとっては苦しい判断をしなければならない部分だろうが、アッシュはその優しさに救われていた。
「謝らなくていいって。分かっていたことだから」
アッシュは優しく笑ったあと、すっと表情を引き締めセフィを見上げる。
「それに謝らなくちゃいけないのは僕のほう。悪いけど、セフィには魔法学校まで連れて行ってもらうからね」




