第19話 気遣いのある人
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「セフィ、本当にごめんね……」
アッシュは、家を出てから何度目かの謝罪の言葉を口にする。
セフィが彼を抱えて〈浮遊〉で飛んでくれているのはもちろん、細々としたところも気遣ってもらっていたため申し訳なく思ったのだ。
「そんなに謝らなくていいっすよ。もう、五回目くらい聞きました。それに、何度も言ってますけど、俺は全然気にしていないんで」
アッシュの上で、セフィが苦笑した声で言った。
「だけどさ、子どもならまだしも、大の大人がこんな……。自分よりも若い子に頼るなんて……、本当にすみません……」
アッシュが顔を両手で覆って謝ると、セフィは少し不思議そうな声で尋ねた。
「年下に頼むことって、そんなにいけないことなんすか?」
「え?」
顔から手を離し、アッシュは軽くセフィのことを見上げた。
「アッシュさんの話を聞いていると、スーベル島では『年上が年下に魔法のことで頼るのがいけないこと』なのかなって思いますよ」
「まあ……、そうだね……」
アッシュはぽつりと呟き、視線を眼下に向ける。空が白んで来ているお陰で、周りの景色が見えるようになってきた。山の中なので、緑が生い茂る中、所々で岩肌が見える風景が流れて行く。
セフィが〈風の壁〉を作ってくれているお陰で、〈浮遊〉の際に感じる風の抵抗感や向かい風の感じはない。
調子は軽いのに、不思議と細かいところに気を使える子なのだなと改めて思う。
(この景色、久しぶりだな……)
〈浮遊〉の魔法を誰かにしてもらうのは二か月ぶりぐらいだろうか。自分では何年と使ったことがない。
魔法使いたちが一番頻繁に使う魔法と言っても過言ではないので、アッシュのことを知らない者は冗談だと思うだろう。
子どものときはよくマリに〈浮遊〉の魔法をかけてもらっていた。
魔法をかける側は、魔法がかかる側を抱えると移動するのが楽である。だが、彼女はアッシュを抱えられるほど腕が長くなかったので、手を繋いで空を飛んだ。ゆったりとした速度で進み、時折大きな木の上に下りて、太い枝の上に座ったりもした。
しかし、どうしても魔力保有量や魔法の力というのは男のほうが多かったり、強く出やすかったりするところがあるので、アッシュのように女性に魔力で支えてもらいながら生きていると、「みっともない」とか「恥ずかしい人」だと思われる。
アッシュはマリに対して申し訳ないと思いつつも、アッシュは「落ちこぼれ」だったため、頼れる友人が彼女しかいなかった。多くの者が、彼のことを馬鹿にしていたからである。
そのため、頭の隅では迷惑だろうなと思いながらも、彼女の優しさにアッシュは縋っていた。
それが無くなったのは、アッシュがあの場所で一人暮らしをし始めてからだ。以来、もう十年以上、彼女とは飛んでいない。
マリがアッシュと〈浮遊〉をしなくなってからは、基本的に弟のリクが担った。
しかし、あの山の家に住み始めてからは、それもほとんどない。
「そうなんすか?」
「成長するにつれて魔力保有量も大きくなってくるから、使える魔法も必然的に増えてくる。だから、子どものうちはできない魔法も多いからって、親とか周囲の大人に頼ることはあるけど、年上の人が年下の子に頼るっていうのはあり得ないんだよ」
「へぇ……、それぞれ助け合うのが良いと思うっすけどねぇ」
「セフィのところでは違うの?」
するとセフィは明るい声で言った。
「そうっすね。若い奴らは重要な労働力なんで、年上の人たちからこき使われるっすよ。まあ、アッシュさんくらいの年齢だと『若い』に入るんで、駆り出されるほうかもしれないっすけど、ちょっと手を抜くことを覚えているんで、俺たちくらいの年齢に上手く仕事をさせることもありますし、使い走りにすることもあるっすよ」
「そうなんだ……」
魔法があるのとないのでは、文化の違いもあるのかもしれない。
「だから、アッシュさんに頼まれても俺にとっては普通のことなので、気にしないっすよ」
「そっか。ありがとう」
「というより……」
「うん?」
「アッシュさん、年下の俺に対してもちゃんと頼んでくれるんで、寧ろやる気になるっていうか、『やってやろう!』という気になるっていうか……頼まれて悪い気はしないっす」
しみじみと言うので、アッシュはおかしくなってくすくすと笑った。
「……そんなこと、言われたのはじめてかも」
魔法学校が大変になっているときに不謹慎だとは思うが、お腹の奥がくすぐられるような温かさを感じた。
「そうなんすか? アッシュさんは頼む側だから遠慮する気持ちがあるのも分かるんすけど、俺は皆、アッシュさんに頼まれると嬉しいんじゃないかなって思うっすけどね」
照れくさいのか、それとも笑われたのが恥ずかしかったのか分からないが、弁解するようなことをセフィは言う。
だが、アッシュは、そうならいいな、と思った。
これまで周りに頼りきりだったのである。そのため、セフィの言葉は思いがけず、アッシュの心を軽くしたのだった。




