第16話 頼まれたこと
「いいや、私は『底なし』じゃない。人と比べたら魔力の使用量が多いのは認めるけど、無限に魔力を持っているわけではないから、使うときに加減はしている。私が『底なし』だったら、そもそもシルヴィスに〈遠見〉を頼んだりしないし、仲間を作ったりもしないだろう」
言われてみればその通りである。
シルヴィスは「それもそうか」と納得すると、その場にしゃがんだ。嵐が去った名残で、雨水を含んだ草花の匂いがふわりと香る。
「そういえばマリの隣にいる子って、誰の〈鏡写し〉なわけ?」
頬杖をつきながら、シルヴィスはマリを見上げ、奥に立つ白い青年のほうを見た。黒いローブを纏っているとはいえ、空が徐々に明るくなるにつれて、彼の白い横顔だけがぼんやりと浮いていて目立つ。
青年が〈鏡写し〉の魔法を使って生み出された者であることは、その「白い」姿を見ればシルヴィスでも分かる。それと同時に、マリは〈鏡写し〉の元となった人物と会っているということだ。
わざわざマリが会いに行き、〈鏡写し〉までする人物。青年のオリジナルは一体、彼女とどんな関係にあるのだろう。
そう思っていると、彼女がふっと笑った。
「言っておくが、私にとってこれは『道具』にすぎない。必要ならば、あの燃え盛る炎の中に放り込むことも厭わないさ。お前が勘ぐっているような関係じゃない」
「そうなの? マリにとって特別な人だと思ったんで、ちょっと面白そうだなって思ったんだけど」
「残念だったな。前から目を付けていただけだよ。『これは使えそうだな』って」
「『使えそう』、ねぇ……。ところで、俺と合流してからずっとその子一緒にいるけど、引っ付いていて困らないの?」
何気なく尋ねただけだったのだが、マリは普段見せない満面の笑みを浮かべた。
「え、何? 何なの?」
彼女がにこやかな笑顔を見せるときは、シルヴィスにとってろくでもないことを考えているときである。彼はいくらか身を引いた。
「シルヴィス、いいことを言ってくれるね。実はどうしようかと悩んでいたところだったんだ。これは『ある使い道』があるのだけど、時が来るまで使えない。だから、しばらくこのままにしておかなくてはならなくてね。でも、私も仕事があるから、誰か面倒を見てくれたらいいなぁと思っていたところなんだ」
「は⁉」
嫌な予感がして、シルヴィスは勢いよく立ち上がる。
一方のマリはシルヴィスの反応に目もくれず、白い青年のローブに付いているフードを被せてやり、「シルヴィスと一緒にいなさい」と言った。すると青年は、こくりとうなずき、静かな足取りでシルヴィスの近くまで来る。
一連の様子を、シルヴィスは目を丸くしたまま見ていた。
(嘘だろ……)
〈鏡写し〉とはいえ、男は男。女性であるマリならまだしも、野郎で、しかも年下の面倒を見なくちゃならないというのはシルヴィスには良いことがこれっぽっちもない。
彼のそのような気持ちなど全く知らないマリは、さらに言葉を重ねた。
「〈鏡写し〉の扱いは分かるよね、シルヴィス? 食事などは与えなくて大丈夫だから。ただ、これを敵に壊されると困る。ついでに言うと、持っていかれたら、ものすごーく困る。この戦いにおいて、この〈鏡写し〉が勝敗を左右するからね。見つからないように気を付けること」
「ものすごーく」のところを、さらに素敵な笑みを浮かべていうが、目が全く笑っていない。つまり魔法学校の者たちに、この青年を見つけられて持っていかれたら、マリが彼らと対等に戦えなくなるということだろう。
(恐ろしい女だなぁ……。だけどこの男、本当に何者なんだ?)
シルヴィスは自分の傍らに立つ青年をちらと見た。
マリにとって役に立つ「何か」を持っている青年。だから彼女は〈鏡写し〉をした。
(マリは『時が来るまで使えない』って言っていたけど、いつ使うつもりなんだ?)
「じゃあ、頼んだよ。私は行くところがあるから」
考えを巡らせていたシルヴィスだったが、マリの一言で現実に引き戻された。
「え? ちょ、ちょっと待て、マリ。俺にこれを押し付けて、どこに行くつもりだ。細かい計画をこれから教えてくれるんじゃなかったのか?」
彼女の顔には、先ほどの笑顔は消えていた。いつも見る双眸に鋭い光を秘めた、淡々とした表情である。
そして彼女は、シルヴィスに向けていたその顔をそっと空に向けた。




