第14話 決めたこと
アッシュはリクから届いた〈手紙〉を畳むと、昨日繕ったばかりのローブを、カウンターの傍の椅子から手に取って羽織った。〈手紙〉はローブに付いているポケットにしまう。
「アッシュさん? 何をしているんすか?」
「分からないけど……、このままじゃいけない気がするんだ……」
「いけない?」
小首を傾げるセフィに、アッシュは言った。
「セフィ、僕ちょっと出かけてくるよ。留守番をお願い」
セフィは一瞬、何を言われているのか分からない顔をしていたが、理解すると目を剥いた。
「……いやいやいや! ちょっと何言っているんすか! 留守番⁉ 昨日、今日会ったばかりの人間に留守を頼むって、どう考えてもおかしいでしょう⁉」
留守番の件に関して彼の言っていることは分かるが、はっきりいって、この家には盗まれるようなものは一つもない。
アッシュは自分で生活費を稼げないので、両親に仕送りしてもらっている。それも衣食住に必要な現物支給が大半だ。
というのも、周囲に店はないし、アッシュが買い物に行くには町まで下りて来なければならず、移動するのに魔法を使うことになる。そのため特に弟が、必要なものを直接持ってきてくれるのだ。
たまに店の手伝い分のお小遣いをもらうことがあるが、大抵は書物で消えてしまうので、家にお金は置いていないし、魔法を使う人が欲しがるような魔法の補助具も置いていない。また貴重品にも興味がないので、宝石の類も一切なし。
そのため、別にセフィ以外の人が留守番をしても特に問題はないのだ。
だが、そういうことをはっきりと言ってしまうと、一晩看病をしてくれた彼に対して失礼だと思い、一言付け加える。
「セフィなら、丈夫だと思って」
セフィは目を丸くしたが、満更でもない顔をする。
しかし、喜んでいる場合ではないと思い直したのだろう。こほん、と一つ咳ばらいをして話を戻した。
「え、えーっと、その、信頼してくださるのは嬉しいですが、どこにお出かけになるつもりなんです?」
自分で尋ねておいて、セフィのほうがはっとする。
「……もしかして、魔法学校のほうへ行こうとしているんじゃないでしょうね⁉」
「うん」
その答えにセフィは椅子から立ち上がると、アッシュに近づいて両肩に手を置いて言った。
「『うん』じゃないですよ、『うん』じゃ! やめたほうがいいですよ! 危ないです!……というか、ご主人さまにアッシュさんを守るようにって言われているんす! 万一アッシュさんに何かあったら、俺がご主人さまに半殺しにされます! 俺のためにも行かないでください!」
後半セフィの私情が混じってはいたのは少し気になったが、彼の言う通り、行かないほうがいいのは確かだろう。
リクの手紙にも「行くな」と書いてあるのだし、魔力のない自分が行ったところで何もできないのは目に見えている。
だが、このまま放っておいてはいけないような気がするのだ。
できることならマリに会って、真意を聞きたい。
「ごめん、セフィ……」
アッシュはセフィに謝った。
あとでマリに怒られるかもしれないのは可哀そうだが、アッシュもこればっかりは譲れない。
「うう……」
謝られたセフィは怯んだように動きを止め、そして俯く。
だがすぐに顔を上げて悔しそうに言った。
「くそぉ、アッシュさんに謝られるとなんかすっごい罪悪感が……。分かりました、分かりましたよ! 俺も付いて行きます」
「でも、危ないよ?」
「そんなの分かっていますって! でも、一人で行かせるよりずっといいっす。はらはらしながら留守番するなんて、俺の性に合わないんで」
「セフィ……」
「——で、どうやって魔法学校まで行くんです?」
セフィはアッシュの肩から手を離して尋ねた。
「〈浮遊〉を使うつもりだよ」
ここは岩山の隣に位置する、山の中腹である。ここから魔法学校がある「エルターニア」の街までは、歩いていたら数週間かかってしまう。
しかし、〈浮遊〉を使えば三日くらいで着くだろう。ただし、これはアッシュの場合の換算だ。それも休みを入れつつ、魔力量をぎりぎりの状態で保たせながらいくとなるので、予定よりも期間が延びてしまうかもしれないが、徒歩で行くよりずっと早い。
「〈浮遊〉って……、アッシュさんは魔力の保有量が少ないんすよね?」
事情を知っているセフィは心配そうに尋ねた。「無事に辿りるけるのか」と暗に聞いているのだろう。
「言いたいことは分かるけど、時間が惜しいんだ」
その言葉に、セフィは折れたようにため息をついた。
「分かった、分かったっすよ。俺がアッシュさんを抱えて〈浮遊〉で連れて行きます」
思ってもいなかった申し出に、アッシュは目を丸くした。
「いいの?」
「いいもなにも、俺が行かなきゃ黙って行くし、俺が魔法を使わなかったら、〈浮遊〉を使われるのでしょう? それだったら俺が連れて行ったほうがいいっす。変なところで魔力切れ寸前になっても困るんで」
セフィの提案はアッシュにとってこれ以上ない有難いものだった。
「ありがとう」
「いいですよ」
セフィは小さくため息をついたあと、ぽつりと「ああ……ご主人さまに何言われるんだろう……」と低い声で呟いたが、アッシュは聞こえないふりをした。




