第11話 物好きな魔法使い
アッシュの質問に、セフィはあっさりと答える。
「そうっすよ」
「へぇ……。物好きな魔法使いもいるんだね」
魔法を使わないで料理をしているのは、自分だけだと思ったのだがそうではなかったらしい。
しかし普通の魔法使いなら、「魔法を使わない」ことは考えない。
魔法で何でもできるのに、「他の方法を考える」必要がないからだ。「他の方法を考えている」暇があれば、一つでも多く魔法の呪文を覚えて、使いこなせるように練習するほうが賢明である。
「魔法で料理をしないことって、物好きなんですかね? よく分からないっすけど、このキッチンには魔法用じゃない調理道具も揃っていたので、すごく料理しやすかったです。久しぶりに楽しかったなぁ」
最後は独り言ちながら、セフィは竈で煮だしていたお茶を、手ずから金属のケトルから用意した二つの白いカップに注いだ。
魔法使いなら、このような面倒なことはしない。
ケトルに茶葉と水を入れて〈湯沸かし〉の魔法を使って、あっという間に茶を煮だすし、〈注げ〉という魔法を使えば、ケトルが浮いて指定のカップに茶が注がれるので、わざわざ自分でやる必要はない。
アッシュは、セフィの一連の動作を眺めながら「変わっているなぁ」と思った。
料理を始め、手ずからすることに慣れているということは、普段から魔法を使っていないということだろう。かといって、セフィが引き出しを開けるときに魔法を使っていたので、アッシュのように魔力保有量が少ないというわけではなさそうである。
自らの意志で魔法を使っていないというのが、アッシュには物珍しかった。
お茶を入れ終えると、セフィはカップの一つをアッシュの近くに置いた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
アッシュは早速、カップを手に取った。ぬるいというほどではないけれども、熱さを気にせずに飲めるくらいの温度になっているようである。喉が渇いていると言ったから、すぐに飲める温度に調節してくれたのかもしれない。
アッシュはセフィの気遣いを有難く思いながら、お茶を飲んだ。おいしい。
だが、ふと、変だなと思ったことがあった。
マリに〈鏡写し〉の魔法をかけられて、一度目に起きたときは酷く喉が渇いていたはずなのに、今はそうではない。お腹も空いていたが、あのときのほどの強烈さは消えていた。
(どうしてだろう?)
眠ったことで、強い欲求が薄れたのだろうか。
アッシュは不思議に思ったが、目の前でもう一つのカップを持ったセフィが、まるで何年もこの家に住んでいたかのような自然さで向かいの席に座ったことで、疑問に思ったことがどこかに飛んでいってしまった。
「アッシュさんも魔法で料理をなさらないんですね」
セフィの思いがけない言葉に、アッシュは目を丸くする。
「え……?」
何故、分かったのだろう。
その気持ちが顔に現れていたらしく、セフィはそう思った理由を教えてくれた。
「何でそんな不思議そうな顔をするんすか。調理道具が揃っていたってことはそういうことでしょ。ご主人さまは魔法でちゃっちゃっと料理をしちゃうんですけど、魔法用の調理器具って、『手』で料理するのと違うんですよねぇ。何というか、魔法で料理が作りやすいようになっているっていうんですか? 俺、魔法を使わない料理しかほとんどしてきていないので、ご主人さまが持っている調理器具はめっちゃ使いにくんですよ」
「そうなんだ……」
アッシュの母親は、息子とは違って魔力のある人なので、魔法で料理をしてくれていた。そのためアッシュも一人暮らしをする前までのことを思い出せば、実家のキッチンにどんな調理器具があったのかは何となくは分かる。
だが、使ったことはない。使うには魔法が必要になるからだ。
当然、ここにも魔法用の調理器具はない。
代わりに、アッシュのキッチンには、学生だった頃にマリが少しずつ贈り物としてくれた調理器具が置かれてある。そのほとんどが魔法使いのいない「大陸」で作られたものだ。
マリの母親であるルシアも、「大陸派遣」の仕事をしていたため、魔法のない中で生活をしている人々を見ている。当然彼らは魔法を使って料理はしない。そのため、魔法を使わずに調理できる道具を持っていた。
そのことを母親に聞いたというマリは、アッシュのために大陸で調理器具を買ってくれるように母に頼んでいたという。ルシアはスーベル島に帰ってくるときにそれを持ち帰り、マリはお小遣いで母からその調理器具を買い取って、アッシュに贈ってくれていたのだ。
アッシュは魔法使いの子として生まれながら、魔法使いの人々の中で過ごすのが難しかった。そのため、物心ついたころから「いつか一人暮らしをしよう。あまり魔法を使わなくて済むように色んな知識を蓄えておこう」という彼の願いを知っていたマリが、少しずつ道具を与えてくれていたのである。
それほどまでに親身になってくれていたからこそ、マリの昨日の行為には、驚きと信じられない気持ちとで一杯なのであった。
(マリ……、本当にどうして……)
アッシュが自分の気持ちに整理を付けられないでいる間にも、セフィは話を続ける。
「包丁なんか、右手と左手のことを考えてくれていないし、柄は剥き出しだし。鍋も取っ手が付いていないから、毎度普通の料理の仕方から、魔法を使うように頭を切り替えなくちゃならなくて、本当、大変っす。でも、アッシュさんのところにある道具は、俺がちょっと前までいた家にあったのと似ているんで、使いやすかったです。あと、この家もいいですよね。こっちの家ってやっぱり魔法使いように作られているんでしょうね。俺、中々慣れなくて。でも、アッシュさんのこの家は実家に似ていて過ごしやすいです」
そのときアッシュは眉をきゅっと寄せた。
「実家が、僕の家と似ている……?」




