第12話 大陸生まれの子ども
「そうっす。例えば『階段』とか。俺は久しぶりに見て『懐かしい!』って思いました」
「懐かしい? ということは、セフィの家にもあったの?」
「当り前です。ないと困るじゃないですか」
「……」
セフィの発言に、アッシュは口を閉ざした。
スーベル島に住む人々の家には「階段」はない。
彼らは、体を浮かし、自由に移動することのできる魔法——〈浮遊〉を使って、簡単に上の部屋や下の部屋に上り下りすることができるからである。
そのため、天井に人が通れるだけの穴を作るか、それがなければ外の窓から行き来すればいい。
ゆえに「階段」は、「ないと困るもの」ではなく、「なくていいもの」なのだ。
アッシュの家にあるのは、彼が魔法を使わなくて済むようにするための工夫でしかない。
「あれ……?」
アッシュが怪訝な顔でセフィを見ているのに気付き、セフィは目を瞬かせた。
「もしかして、俺、変なこと言いましたか……、ね?」
「ものすごく変だよ」
すぐに返事をすると、セフィは頬を撫でたり、腕を組んだりとそわそわする。
「そっか、アッシュさんから見たらそうですよねぇ……。いや、あれ、どうしよう……」
「セフィ。『ご主人さま』に告げ口しないから、教えてほしい。どうしてセフィは魔法で料理をしないの? 何故、『階段がないことが不自然』なの? そして、何故マリに頼まれて僕のところへ来たの?」
すると彼はがしがしと頭をかいて、観念したように答えた。
「実は俺、スーベル島出身じゃないんです」
「……え? は?……ごめん、ちょっと、もう一度言ってくれる?」
アッシュは聞き間違えたのかと思った。スーベル島以外の出身で、魔法使いがいるなどあり得ないからである。
セフィは信じられないといった顔を浮かべるアッシュに対して嫌な顔一つせずに、もう一度同じことを言った。
「『スーベル島出身じゃない』って言いました。俺は大陸生まれの子どもで、全く魔法が使えない人間でした。でも『ご主人さま』に使えるようにしてもらったんです」
「そんな馬鹿な……!」
アッシュは目を大きく開け、瞳を揺らした。
「だって、魔法使いはスーベル島にしか生まれないって――」
学校で習ったはずである。
しかしセフィはスーベル島出身の魔法使いではないという。
ということは、学校か、セフィが嘘をついているということだ。
そのとき、冷ややかな声で放たれたマリの言葉が耳の奥に蘇った。
――信用なんてできないわ。
魔法学校が発行した本も、学校そのものも、そしてそこで働いている先生たちも信用できない。
彼女はそう言い切った。
「……」
アッシュは急に背筋にぞくりとしたものを感じた。
これまで疑いようもなく、堅固な足元だったはずのものが、ぐらぐらと揺れてくるようで不安定になる。
もし、これ以上話を聞かなければ、その足元は安定を取り戻し、元に戻ることもあるかもしれない。
しかし、その選択をする前に、セフィがこう言った。
「スーベル島に住んでいる皆さんは、そう思っているみたいっすね。でも、ご主人さまは、『違う』って思ったみたいです。だから俺も魔法を使えるようになった。ご主人さまは俺が魔法を使えるようになってから、『あなたは私の推理の証明になる』って言っていましたよ」
「……証明?」
「スーベル島でなくとも魔法使いを生むことができるってことっす。つまり、魔法使いになれるかどうかの資質は、先天的なものではなくて、後天的なものということです」
アッシュがセフィの言葉に眉を寄せたときだった。
コツン、という音が聞こえた。窓に何か当たったような音である。これは大体〈手紙〉が来たときのものだ。
アッシュは「ごめん」と言って席を立ちあがると、ドアを開けた。すると夜が白んでいる中から、パタパタと白い鳥の形をした〈手紙〉がほんのり雨の香りを含んだ夜風と共にすうっと入ってくる。
〈手紙〉はアッシュの手の中に収まると、鳥の形から長方形の白い紙が四つに折りたたまれたものへと変化した。
差出人は弟のリクからだった。普通は封筒に入っているので、そのまま送られてくるのは珍しい。よほど大した用事ではないか、緊急かのどちらかだろう。
アッシュはすぐに手紙を開く。
とても急いでいたのだろう。中身は手紙というよりも、走り書きのメモのようである。
それを読むと信じられないようなことが書いてあった。
「セフィ……大変だ……! 学校が……!」
手紙を持つ手が震える。
だが、振り返ったセフィは特に驚く様子もなく、淡々と言った。
「ご主人さま、始めたんすね。学校との戦争を」




