十四話:最後の壁、そして
「早く……!早く神社へ……!」
日の沈みかけてる夕方の住宅街を、優子は走っていた。
己の願いを早く叶えたい、その一心で足を進めている。
(今の世界はもうどうなってもいい、未練もない。早く、私の望む煉獄へ)
『じゃあさ、それが何かは知らないけど、終わったらデートしようよ』
不意に、奈緒の顔が脳裏に浮かんだ。一瞬だけ、気を取られ足を止める。
「……ごめんね、奈緒。やっぱりその約束、守れないわ」
願いが叶った後、次いつ奈緒に会えるのか、その時はちゃんと謝ろうか。そんなことも考えつつ、優子は再び歩き出そうとした。
「そうだ。こんな時だもの、念には念を入れておきましょうか。変なのに絡まれたら嫌だし」
そう口にすると、優子は両目を瞑り、両手を目に当てる。『鈴の位置を探知する』能力発動のポーズである。
優子は瞼の裏に浮かぶ映像に集中する。しかし、現れたその結果に、静かに驚嘆した。
「……なに、これ……」
浮かんできた地図の、優子の目指す方向。そこには、夥しい数の赤い点の塊が見えた。
※※※
「なるほど、あなただったのね。それなら納得だわ」
「いやー、有能な探知能力やなぁ。そっちも欲しくなるわー」
優子が赤い点の塊の場所へと到達すると、そこには鈴鹿美波が待ち構えていた。
しかし、一人ではない。何人もの美波が待ち構えていた。その数は十を超えている。
「これか?『分身する』鈴の能力や。頑張れば百人とかもできるんやで。疲れるからやらんけど」
「それはどうでもいいわ。なぜあなたが、こんなところで待ち伏せているの?」
優子は大勢の美波のうち、喋っている一人を睨みつける。睨みつけられた美波は、ケラケラと笑った。
「実はな、あんたの『毒を流し込む』鈴が欲しいっていう依頼があってな、良い値提示してくれたさかい、協力することにしたんや」
「私の鈴を……?」
その場にいる美波全員が、優子を指差す。いつの間にか、優子は美波に包囲されていた。
その様子に圧倒されかけるも、優子は変わらず美波の一人を睨み続ける。
「あんたの鈴、弱点は多いけど強すぎや。こっちとしても、商売相手が減って迷惑してたとこでな」
「それなら、少し待ってくれないかしら。私、もう戦神楽からは降りるから」
「だめや。奉納したら鈴が無くなってまう。それに、あんたの願いが叶ったら、うちの商売にも影響が出る」
美波の笑いが止まる。それと同時に、美波全員が身構える。応えるように優子も臨戦態勢をとる。
「……なんで、私の願いのことを?あなたに話したことはないし、あなたの前で細かく考えたこともないのだけれど」
「それは内緒や。それじゃあ」
司令塔の美波が、右手を上げる。そして、力強く振り下ろした。
「終わりや、佐藤優子」
司令塔の合図を機に、全ての美波が優子へと襲いかかる。
「くっ……それなら……!」
優子はカバンを抱えると、思い切り地面を蹴った。優子の身体が宙を舞う。
「そういや持ってたなぁ、身体能力強化!けどなぁ、それだけじゃうちに勝てんで!」
司令塔の美波が指を鳴らす。すると、優子の着地予測地点に、さらなる美波が現れた。
「人海戦術だなんて、他に手はなかったのかしら?」
「手はいくらでもあるが、これが依頼者からの条件でもあってなぁ!」
優子は着地点にいる美波の頭を、思い切り蹴飛ばした。蹴られた美波はその場に倒れ、それと同時に優子も着地する。
(そうや、他にも手はあるんやけど、恵果はんがどうしても自分の手で、と言って聞かなくてなぁ)
美波は、先日の恵果とのやり取りを思い出していた。
※※※
「……だめや、恵果はんは運動能力が低すぎる。それやといくら鈴で能力重ねようとも、優子はんにはかなわんで」
「そんな……じゃあ、どうすればいいの?どうしても、私の手で決着を……」
「せやなあ……それなら、これはどうや?うちが優子はんを足止めするさかい、その隙をついて『時を止める』能力で一気に近づき、鈴を奪う」
「え……美波、まさか協力してくれるの?」
「乗りかかった船や。最後まで乗らんとなぁ。タイミングはうちが教えるさかい、恵果はんはそれまでこの鈴の能力で隠れとき」
※※※
司令塔の美波が、再び指を鳴らす。すると今度は、優子を取り囲むように三人の美波が現れた。
「くっ、きりが……」
「これで終いやな、優子はん!」
優子は、着地直後の体制でバランスを崩していた。優子へ三人の美波が襲いかかる。
「今や!恵果はん!」
「ええ!」
「な!?」
美波の声に合わせ、優子の後方に、突如恵果が現れた。
「いつの間に!?」
「時よっ止まれっ!」
恵果が叫ぶ瞬間、周りの景色が白黒になる。そして同時に、美波達と優子の動きが固まった。
(止まっているのは3秒だけ……!すぐに鈴を取らなきゃ……!)
恵果は優子に向かって駆け出した。
(3……)
恵果が優子へと近づく。
(2……)
優子に襲いかかっている美波を、腕で払いのける。
(1……!)
優子の直ぐ側まで到達した恵果は、優子の制服右ポケットに手を突っ込もうとした。
(停止は間に合わないけど、これなら……!)
あたりの景色に色が戻り、停止していた全てが動き始める。
恵果の手は、まさにポケットに入る寸前である。
「痛っ!?」
しかし、恵果は手に唐突に痛みを感じ、思わず引っ込めてしまった。
「恵果はん!?どないした!?」
「……何が起こっているのかよくわからなかったけど、まさか、こんなところで役に立つとはね」
しゃがんでいる優子を覆うように、丸く光っているバリアが貼られていた。
「城戸さんの鈴、なんとなしにそのまま持ってたけど、正解だったようね」
優子はしゃがんだまま、恵果の方へと目を向ける。恵果は焦りの表情を浮かべていた。
「唐突に現れたかと思ったら一気に私のそばまで来るだなんて。ワープか何かかしら?」
恵果のもとに、美波達が集まってくる。そして、優子を囲むように移動し始めた。
優子はしゃがんだまま動かず、バリアを維持している。
「このままじゃ、鈴が……」
「安心せい恵果はん。バリア系の能力は、決められたポーズが発動条件になっとるんや。つまり、こいつはここに固定されたも同然や」
司令塔の美波は優子の前へと移動し、目を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「あんさん、いつまでそのポーズ維持できるか?しゃがんだままでいるの、結構辛いでな」
煽るように、美波が笑う。
しかし、優子は冷静に美波を見据え、口を開いた。
「……あなた達の敗因は二つ。一つは、わざわざ私の前に姿を現したこと。隠れて鈴を奪うほうが楽だっただろうに」
「敗因……?あなた、この状況で何を言ってるの?」
「もう一つは、鈴鹿美波、あなたは情報をこちらに出しすぎた」
「情報、何の話や?」
美波は優子を睨みつける。
「焦っているわね、鈴鹿さん。ないんでしょ?探知系の能力の鈴」
一瞬、美波の表情が変わる。その一瞬を、優子は見逃さなかった。
「そうやって目をじっと見られると、恥ずかしいから止めてって言ったわよね?さようなら」
次の瞬間、優子は姿を消した。
「ちっ!恵果はん、警戒しいや!優子はんが来るかもしれへん!」
「美波、探知系の能力の鈴を持ってないの、本当だったの!?」
「当たり前や!あんな徒党を組んでるようなやつしか持ってへんような能力、まず見つける時点で難しいわ!」
恵果と美波達はそれぞれ身構え、優子からの襲撃に備える。
緊張した空気が、場を支配する。一秒、二秒と時が経つ。
しかし、何も起こらない。静寂が辺りを包んだ。
「……美波?」
「……しもうた、来るわけがない。優子はんには、うちらと戦う意味はもうないんや」
「どういうこと?」
美波が指を鳴らす。それと同時に、美波の分身たちは姿を消した。
「あれ以上、もう鈴は必要ないんや。神社で奉納するだけで全ては終わる」
「それじゃあ……!」
「急ぐで、恵果はん。神社では能力は使えなくなる。神社にたどり着かれたら終わりや」
※※※
「はぁ……はぁ……あと少し……!」
息を切らしつつも、優子は足を進めていた。
そして、ついには神社の階段前までたどり着いていた。
「たしか……この辺りではもう能力は使えないはず……」
己の状況に安堵しつつ、優子は、ゆっくりと階段を登り始めた。
願いが叶ったら、一体どういうことが起きるのか。期待と不安を胸にしながら、歩みを進める。
「……あら?」
ふと、階段の先に人影があることに気づく。シロガネさんではない。それは、優子が見覚えのある姿であった。
「……城戸さん?」
「あら、佐藤さん。ようやくたどり着いたのね」
そこにいたのは、城戸真理亜であった。
「何故あなたがここに……?」
鈴を奪ったはずの真理亜が、神社にいる。おかしな状況に、混乱する優子の足が止まる。
真理亜はゆっくりと階段を降りてくる。そして、優子の目前に迫ると、身体をぶつけてきた。
「だってあれ、私のメインの鈴じゃないもの」
「え……」
優子は腹に、何か硬いものが当たっている感覚を受けた。やがてその感覚は、重い痛みと、生暖かい感触へと変わっていく。
優子は己の腹の方へと目を移した。
「……あ……」
優子の腹には、鋭く長い刃が刺さっていた。
「そして、これも能力じゃなくて、本物の包丁」
優子は膝から崩れ落ちる。階段の段差に膝をぶつけたが、腹の痛みでそれを気にする余裕もなかった。
「がっ……あがっ……」
「ごめんなさいね。あなたにやり返すためには、どうしてもこうするしかなくて」
優子の側で、真理亜がしゃがみ込む。そして、優子の制服のポケットへと手を入れた。
「ぐっ……やめ……」
「鈴をありがとう、佐藤優子さん。そしてそのまま死ね」
真理亜がポケットから手を出す。その手には、四つの鈴が摘まれていた。
「わだじの……れん……ごっ……」
優子の意識は、そこで切れた。




