十三話:リベンジ
「くそー!なんで勉強なんてものがこの世にあるんだよー!」
「勉強そのものに当たってもだめよ、奈緒」
夕暮れに沈む町の中、優子と奈緒は学校からの帰路についていた。
「こんなの理不尽だよ!勉強できねぇやつは死に場所も選べねぇってやつかよ!」
「それ、なんかの漫画のセリフじゃなかったっけ。そういうの覚える暇があるなら、その時間で勉強すればいいのに」
奈緒の学習能力のなさに呆れつつも、優子は別のことを考えている。
(この調子なら、今週中にでも鈴は百個集まるはず。私の長年の願いが、ようやく成就する)
「あー!優子、また別のこと考えてるでしょ!思いっきり顔に出てるよ!」
己の進捗具合が順調なことに、優子は喜びを隠せないでいた。
「あら失礼。ちょっと最近、嬉しいことが続いてね。思わず出してしまったわ」
「それって、鈴鹿さんや城戸さんが絡んでること?」
「……ええ、まあ、そんなところかしら」
突如、奈緒の足が止まる。それに気づいた優子も歩みを止め、奈緒の方へと向き直った。
「どうしたの、奈緒?」
「なんか最近の優子、私とは違うところにいるなぁって思っちゃって」
「違うところ?」
奈緒は、寂しげな表情を浮かべた。
「なんか、私の知らない人たちと、私の知らない何かをしてるんだなぁって思っちゃって。なんだろう、こういうのって嫉妬って言うのかな」
「奈緒……」
優子は、ここ最近の自分の振る舞いを振り返る。確かに戦神楽に夢中で、奈緒と関わることを疎かにしていると感じた。
「……ごめんなさいね、奈緒。私、楽しみができてしまうと、ついそれに夢中になってしまうみたいなの」
「その楽しみって、何?私との関わり以上に大事なの?」
「それは……」
どう説明したら良いのか、優子は悩んだ。戦神楽のことを素直に話したとしても、奈緒は信じるだろうか。信じようと信じまいと、その後の話はどのようにすればよいのか。
「……ごめんなさい、あまり詳しい話はできないの。でも大丈夫、奈緒が考えているような、危ないことではないから」
「ふーん、そっか」
なおは再び歩き出した。それに続き、優子も歩き始める。
「ま、別にいいんだけどねー。楽しみは個人のものだし、そこに深くは突っ込まないけどさ」
「奈緒……」
「ただ、ちょっとさみしいかなーって」
奈緒の後ろを進む優子には、奈緒の表情は見えない。ただ、どのような顔をしているのかは、はっきりと想像できた。
「……あと少しなの。あと少しすれば、終わるから」
「終わるって、その楽しみが?」
「ええ。もう少しだけ頑張れば、きっと前のようになれるから。だから、ごめんなさいだけど、待っててほしいの」
再び、奈緒の足が止まる。その奈緒の背に、優子はぶつかりそうになった。
「……じゃあさ、それが何かは知らないけど、終わったらデートしようよ」
「デート?」
「そ、デート。朝に駅前で待ち合わせて、買い物やゲーセン行ったりして、いつもの喫茶店でお茶飲みながらお話して……」
「なんだ、いつもやってることじゃないの」
優子は少し呆れつつ、戦神楽のことについて言及されなかったことにほっとため息をついた。
「そのいつもが、最近できてなかったの!しょうがないから待っててあげるけどさ、いつまでも今のままだったら、私、他に人に取られちゃうんだからね!」
奈緒は優子の方へと振り返る。その顔には寂しさは残っているものの、笑顔が浮かんでいた。
「……うん、もうちょっとだけだから、待っててね」
「約束だよ?こんなスーパーかわいい奈緒ちゃんとのデートをすっぽかすような真似は絶対になしだからね?」
「はいはい」
いつもの調子に戻った奈緒の様子に、優子は安堵した。
(……もし私の願いがかなったら、この約束はどうなってしまうのかしら)
それでもやはり、別のことを考えながら。
「おや、君は確か……佐藤優子さんだったかな?」
不意に話しかけてきた声に、優子は少しだけビクついた。その声は、優子が聞き覚えのある声だった。
「あなたは、確か柔道の……」
「あれ、この人って前に優子と会ってた人じゃん」
「おお、覚えていてくれたか!」
優子と奈緒が声の方へと向くと、そこにはジャージ姿の女性、藤堂花梨が立っていた。
「……奈緒ごめん、終わらすためには、この人との決着をつけなければならないの。先に帰ってて」
「う、うん……ただ、危ないことはしちゃだめだからね」
※※※
以前と同じ、河川敷の高架下。優子と花梨は、互いに睨み合っている。
「まさか、本当に再び会えるとはな!びっくりしたよ!」
「私もよ、藤堂さん。ちょうど会いたいと思ってたところだったの」
準備運動をする花梨に対し、優子は直立不動で身構えている。
「あの時のリベンジ、今ここで達成してみせるわ」
「うむ!その意気やよし!存分にかかってきたまえ!」
準備運動を終えた花梨が、優子の方へと向き直る。
優子は制服のポケットに手を突っ込み、中に入っている鈴を握る。そして、一つ大きな深呼吸をした。
「あれから、あなたへの対策を考えてきた。同じ展開になるとは思わないでよね」
「それはこちらも同様だ!さあ、来なさい!」
花梨の言葉が終わると同時に、優子は姿を消した。
(今の私には、透明化の他に音を消す鈴の能力もある。これで勘付かれることなく、あいつに近づける)
素早く、かつ慎重に、優子は花梨の方へと歩み寄る。
「なるほど、鈴の音がならないようにしたな?たしかにこれなら、私に勘付かれることなく近寄れるであろう」
花梨は優子の考えに気づいているように語る。優子はその弁を無視し、さらに花梨へと近づく。
「だが言ったろう、こちらも同様だと。何が起こるかわからないが、君の能力は受けないよ」
そう言うと、花梨は両腕を顔の真ん前でクロスするようなポーズを取った。それと同時に、花梨の身体が光りだす。
(うっ!?これは一体!?)
花梨の位置まであと数歩のところまで迫っていた優子は、その異常事態に思わず後退した。
「『素肌にバリアを纏わせる』鈴の能力だ。これなら、君の接触する系統の能力は通用しない。本当はあまり使いたくはなかったんだが、これ以外どうしても、君の能力への対抗手段が思いつかなくてな」
花梨はそう話しながら、見えていないはずの優子の方を睨みつける。
(……そんな都合よく、私の能力へ対抗する能力が出てくるだなんて。ご都合主義や理不尽にも程があるわ)
「さあ、どうする?このポーズを取り続けなければいけない欠点はあるものの、君への対策としては完璧だと思うんだ!」
(あ、弱点言っちゃうんだ)
花梨の素直さに呆れながらも、優子は考えを巡らせる。
(あの体制を崩すことができなければ、素肌に触ることはできない。かと言って、今の私にその手段は……)
ある。そう確信した優子は、花梨から更に数歩後退する。そして、透明化の能力を解いた。
「おや、まさか諦めたというのかい?」
「……いいえ、あなたを倒す方法を思いついたの」
そう言うと、優子はかがみ、クラウチングの体制を取る。
「あなたに搦手は通用しない。ならば、直接やり合うまでよ」
そして、花梨めがけて走り出した。
「なるほど、そうくるか!ヤケになったのかわか、ないが、いいだろう、かかってきなさい!」
花梨はそれまで取っていたポーズを解き、身構える。
優子は一直線に、花梨へと向かっていく。
(やはり、ポーズをやめた。あいつはそういった人間なんだ)
ついに、優子と花梨は衝突するまで接近する。
(そして、さらに不意をつく……!)
優子は少しだけ状態を落とし、タックルの構えを取る。そしてそのまま、花梨へと全体重をぶつける。
「君の力では……!?」
(想定外でしょうね、私がこういった鈴の能力を持っていることは)
優子のポケットには、四つの鈴が入っている。メインの『毒を流し込む』鈴、『透明になる』鈴、そして、美波から買っていた二つの鈴。
「しまっ……!」
「おりゃぁ!」
『音を消す』鈴と、『身体能力強化』の鈴が。
花梨の巨体が倒れ、その上に覆いかぶさるように、優子も倒れ込んだ。
「くっ……構えを……!」
「ここまでよ、藤堂花梨!」
花梨がバリアを貼るポーズを取ろうとするが、先に優子の手が、花梨の首筋に迫る。
しかし、優子は花梨の素肌に触ることなく、その手を寸前で止めた。
「……これでこちらも一本、引き分けね」
「……ふっ、そうだな」
優子は手を引き、そのまま花梨の横へと倒れ込んだ。
「おや、いいのかい?トドメを刺さなくて」
「……いいの。あなたは」
優子の顔には、満面の笑みがこぼれていた。
※※※
「本当にいいの?」
「ああ、私はこのまま、もう少し戦神楽を楽しみたいからな」
衝突からしばらくして、優子は花梨から鈴を受け取っていた。その数は、ちょうど十個である。
「それは友情の証だ。適当に取り出したものだから能力は確認していないが、まあ好きに使ってくれ」
花梨は、かなりの数の鈴を持っていた。彼女の願いを叶えるために必要であろう数を超えているほどに。
「ありがとう、藤堂さん。これで心置きなく、願いを叶えることができるわ」
優子はずっと考えていた。調子に乗っていた自分を敗北寸前まで追いやり、意識を変えてくれた花梨に負けたまま戦神楽を終えることが、悔いとなって残るのではないかと。
「あなたはある意味では、私の恩師みたいなものだわ」
「なんかそんな事言われてしまうと、照れくさくなってくるな」
花梨は、少し頬を赤くしながら、頭を掻いた。
「……願い、本当に叶うといいな」
「……そうですね。まあ、そこはシロガネさんを信じましょう」
優子は受け取った鈴の塊を、大事そうにカバンへと仕舞った。
「このあとはどうするんだい?」
「すぐに神社に向かうわ。だって私、もう待ちきれないんですもの」
優子は、満面の笑みを浮かべた。
「ついに、私の煉獄が叶うのですもの」
優子が奉納した鈴と、手持ちの鈴の合計は、ちょうど百個になっていた。




