最終話:優子の煉獄
暗闇に沈む住宅街。
響く悲鳴。
怯え、逃げ惑う人々。
空気は淀み、あちらこちらから黒煙が上がっている。
そんな中、人々の流れとは逆を向き、優子は立っていた。
「ああ、これが私が望んだ」
その表情に、怯えも恐怖もない、恍惚としたような笑顔であった。
優子は歩きだす。その足は段々と早まり、ついには全速力となる。
人々の恐怖の元へ向かい、一直線に。
「煉獄というものなんだ」
これから始まる、非日常的な物語に胸を踊らせつつ。
※※※
優子は目を覚ました。
いつもと違う、白い天井。いつもと違う、白いシーツ。そして、いつもと違う、黄緑の着衣。
優子は病院の一室にいた。
「ん……寝ちゃってたか」
状態を起こし、軽く伸びをする。そして、腹部をさすった。
「……もう、一ヶ月くらい経つんだったかな」
優子は窓の方へと顔を向ける。時刻は夕方なのか、外は茜色に染まっていた。
その景色に、優子は何かを思い出そうとする。しかし、できなかった。
「なんだったかしら……何か、重要な……」
「あ、優子起きてた!」
不意に聞き慣れた声がした。優子が声の方、病室の入口へと顔を向けると、そこには奈緒が立っていた。
「あら奈緒、今日も来てくれたのね」
「あったりまえでしょ!言ったじゃん、退院するまで毎日通うって!」
そう言うと、奈緒はベッドの側にある丸椅子へと座った。
「それじゃ、今日の学校での出来事発表会始めまーす!」
※※※
約一ヶ月前、優子は住宅街の道で倒れているところを発見された。その腹部に、一本の包丁が刺さっている状態で。すぐに病院へ搬送されたため、命に別状はなかったものの、優子が目を覚ますまでに、3日ほど時間を要した。
119へと通報したのは、優子と同じ学校の女生徒だという。そして、現場には通報した女生徒とは別に、他校の女生徒が一人いたというのだ。
この件は事件性があるとみなされ、すぐに警察の捜査が始まった。優子も目を覚ましたあと、警察からの質問攻めにあっていた。
しかし、優子は答えられなかった。事件当時どころか、ここ数週間の記憶が朧気にしか思い出せなかった。通報をした女生徒二人に関しても、相手側は優子の知人だと語ったらしいが、優子からすると、関わった記憶のない人物だった。
※※※
「以上!今日の出来事発表会でした!」
「……いつもありがとうね、奈緒。私のために、色々なことしてくれて」
優子が病院へ運び込まれてからほぼ毎日、奈緒はお見舞いに来ている。その優しさに、優子は大きな感謝の念を抱いていた。
「良いって良いって、私が好きでやってることだし。そのかわり、何だけど」
奈緒が急に改まったように、姿勢を正した。ニコニコと、嬉しそうな表情を浮かべながら。
「退院したら、デートの約束、果たしてもらうんだからね!」
「はいはい、わかってるわ」
優子の記憶は朧気ではあったものの、奈緒との約束はぼんやりと覚えていた。刺された当日に交わした、約束のことを。
「よし!楽しみにしてるからね!」
奈緒はさらにニッコリと笑う。その満面の笑みに、優子も釣られて笑顔になった。
「……そうだ、一個言わなきゃいけないことがあった」
急に、奈緒の表情が少しだけ暗くなった。
「城戸さん、転校するんだってさ」
「城戸さん……?」
「ほら優子、事件前に城戸さんとやり取りしてたでしょ?それで……」
「……ごめんなさい、記憶がないの……」
優子は思い出そうと少しばかり努力してみた。しかし、記憶は一切掘り起こされなかった。
「そっか……それじゃあ、この話はここまで!じゃあ次は、わたくし奈緒ちゃんの成績について!」
「ああ、それなら言われなくても分かるわ。また赤点取ったでしょ」
「ぎくぅっ!なんでわかったの!?」
「だって、いつものことじゃないの。そう、いつもの……」
自分が発した言葉に、優子はなにか引っかかるものを感じた。しかし、考えようにも何も出てこない。
「こ、今回はそこまでひどい結果じゃなかったんだからね!赤点びったしちょうどだったから、いつもよりかは点数高かったんだからね!」
「でも、赤点は赤点よ?私を構ってくれるのは嬉しいんだけど、勉強もちゃんとやりなさいよ?」
「ぇうぅ……努力します……」
項垂れる奈緒をクスクスと笑いつつ、優子は思考の引っ掛かりについて考えることを放棄した。
※※※
「全く、彼女には困ったものだよ。まさか、こういった形で神社内に争いを持ち込んでくるとはね」
茜色に染まる、古い神社の軒下。銀色の髪の少年と、それを挟むように美波と恵果は座っていた。
少年は、不機嫌そうに頬を膨らませている。
「これからは、結界をもう少し強化しないといけないかな。危険物を持ち込めないように」
「銀様も大変ね……結局、城戸真理亜だったかしら、彼女はどうなったの?」
「規則違反はしていなかったし、鈴も集まっていたから、願いを叶えてあげると伝えたよ。そうしたら、大喜びで帰っていったよ」
「願いの内容は何だったん?あんな酷いことをするやつさかい、願いの内容もそらうちらがドン引くようなもんやったんやろか」
「他の人の願いの内容は教えられないよ。ただ、あんな子は後にも先にも、彼女だけであってほしいよ」
少年は大きなため息を吐くと、軒下から立ち上がった。
そして、美波と恵果の方へと向き直る。その顔は、先程までの困ったような表情ではなく、真剣なものとなっていた。
「二人はやめてよね、彼女みたいな真似は」
「はは、やらんけど肝に命じとくわ」
「美波に同じく」
美波と恵果は笑いながらも、普段と様子が異なる少年に、少しばかり恐怖心を覚えた。
「……さて、目の上のたんこぶはいなくなったさかい、うちは平常通りに戻らさしてもらうわ。恵果はんはどないするん?」
「私は、そうね……」
恵果は鈴を取り出すと目をつむり、祈るように握りしめた。
「他の巫女の願いを止めるために、戦い続けるわ。第二第三の佐藤優子が現れても、その願いを阻止できるように」
「なるほど、それもええなぁ。そしたら、サービスするさかい、今後もうちをご贔屓にしてや」
「ええ、利用させてもらうわ、美波」
「まあ、その前に運動能力は鍛えとかんとアカンと思うで」
「そ、そうね、精進するわ」
ケラケラと笑う美波に対し、恵果は苦虫を噛み潰したように笑った。
※※※
「……こんなはずじゃなかったのに」
暗い部屋で屈みながら、城戸真理亜は呟いていた。部屋には段ボール箱が積み上げられている。
「私の願いは『嫌いな奴らと縁を切りたい』だったのに、なんで私の方が……」
真理亜は納得していなかった。己の願いが、希望していなかった内容で叶ったことに。
「こんなことになるなら、どうせいなくなるんだし」
真理亜は強く、拳を握る。
「佐藤優子のこと、もっと確実に殺しておけばよかった」
※※※
「じゃあね、優子。また明日!」
「じゃあね、奈緒。気をつけて帰りなさいね」
「優子にだけは言われたくないけどね!」
奈緒を見送ると、優子は多少の眠気を感じ、ベッドの上へ倒れ込んだ。
「……退院まであと少しか……」
優子は、医者から残り一週間程度で退院できると伝えられていた。つまり、日常への帰還を許されたのだ。
「……青い空、白い雲、平和に笑い合う人々。そんな平穏で退屈な日常が」
優子は、目を瞑った。
「私にとっての、煉獄なんだろうな」
またつまらない日々が始まる。
億劫になりながら、優子は眠りへと誘われた。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
途中二年ほど更新が止まり、申し訳ありませんでした。




