十一話:鈴鹿美波
「そこでさ、私は言ってやったわけよ!おいおい、それじゃまるでクソ雑魚ヌメヌメヌートリアじゃねえか!ってね!」
「奈緒……そのツッコミは意味がわからないわよ……」
朝の通学路、優子と奈緒は、二人仲良く並んで登校していた。周りでは同じ制服を着た生徒たちが、皆揃って同じ方向へと足を進めている。
「えー!?だってあんな状況、こう表現するしかないじゃないの!」
「奈緒の感覚がわからないわ……というか、そもそもその状況になるのが……あら?」
「おー、優子はんやないの!奇遇やな、おはよーさん!」
優子と奈緒の前に、美波が現れた。美波は相変わらず、学習道具を仕舞うには大きいリュックを背負っている。
「おはよう、鈴鹿さん」
「お、おはようございます」
「隣の人は……村田奈緒さん言うんやっけ。よろしくなぁ」
奈緒が珍しく人見知りを発揮するのを無視し、美波は元気よく奈緒に笑いかける。
「……奈緒、先に学校行っててくれないかしら?私、鈴鹿さんと話したいことがあるから」
「んなっ!?んなぁ!?入学当初から続いてきた私とのラブラブ登下校を、こんな形で終わらせると言うの!?」
「奈緒、誤解を生むようなことは言わないでね……」
慌てる奈緒に対し、優子は呆れたように首を振った。
「まぁ、用があるんなら仕方ないけどね……それじゃ、先に行ってるよ。遅刻すんなよー!」
「ごめんね、奈緒。まるでお母さんね」
走り去る奈緒を見送ると、優子は美波の方へと向き直る。
「ごめんなぁ、ふたりの関係邪魔してもうて」
「いいえ、いいのよ。奈緒とはいつも一緒だしたまにはね。それで……」
辺りに声が聞き取られないよう、優子は美波に近づいた。
「あなたから話しかけてくるって、何かあったの?」
「その通りやで、優子はん。あんた、だいぶジャイアントキリング繰り返してるみたいやなぁ」
「ジャイアントキリング?ああ、戦神楽のことね」
ここ数日、優子は鈴を多く持った巫女を狙い、鈴を奪っていた。そのため、願いを叶えるための鈴の数にもだいぶ近づいてきていたのだ。
「あんたの願いがどんなものか詳細までは知らんけど、ちょっと急ぎ過ぎちゃうんか?噂になっとるで、鈴をアホみたいに掻き集めている巫女がおるって」
「アホみたいに、とは失礼ね。確かに、ちょっと鈴集めを急いだ感じはあったわ」
「それは、ウチから鈴買って自信がついたからか?それとも、別の理由があるんか?」
美波は笑顔を浮かべながら、優子の目をまっすぐ見つめてきた。そんな美波から、優子は少しだけ目をそらした。
「そんなところよ。あなたなら、わざわざ聞かなくてもわかるんじゃないかしら?」
「それもそうやなぁ。まあ、他人の鈴の集め方についてどうこう言う資格はないんやけど」
笑っていた美波の顔が、急に真面目なものとなる。
「気をつけたほうがええで。あんたはやりすぎや。いろんな巫女に目ぇつけられとるで」
「……前から少し思っていたんだけど、巫女同士のコミュニティみたいなものがあるの?」
「何個かあるで。基本的に全員敵のバトロワやけど、利害の一致とかで協力しあってるやつとかもおるでな」
「なるほどね。まあ、私には関係のないことだけど」
美波は呆れたように、大きなため息をついた。
「とにかく、気をつけることやな。ウチと優子はんの仲やから忠告しておくけど、こういうのに目をつけるっちゅう事は」
「あなたね、生き急いでいるやつって言うのは」
突如、優子と美波の前に立ちはだかる女性が現れた。立ちはだかった女性は優子たちとは異なる制服を着ており、どうやら他校の生徒のようである。
「……自分の実力に、自信を持ってるようなやつということや」
「なるほどね。はぁ、ごめんね奈緒お母さん。今日は遅刻するかもしれないわ」
※※※
河川敷の橋の下、外部から目立たない場所を選び、優子と美波、そして女性は睨み合っていた。
「……なんで鈴売りはそっち側にいるのよ。あなた、自分は中立だ、みたいなこと言ってなかった?」
「確かに言うたけど、あくまでそれは金が絡んでないときの話や。こちらの優子はんはお得意様でなぁ。かんにんな、エリカはん」
美波はポンポンと優子の肩を叩いた。優子は一つため息をつくと、エリカと呼ばれた女性へと向き直る。
「一回鈴を買っただけなのですけどね。それで、私に何か用ですか?」
「あなた、鈴をえらくたくさん集めているようじゃない?そんな強い巫女と、一度手合わせしてみたくなってね」
そう言うと、エリカは手を前に突き出した。その手には、三つの鈴がぶら下がっている。
「あなたがどんな能力で、どれだけ強いかはわからないけど、倒したら、どれだけたくさんの鈴を手に入れられるかしらね」
「残念だけど、私を倒しても鈴は少ししか手に入らないわよ。だって、集めた鈴はその都度奉納してしまっているんだもの」
「数だけじゃないわ。あなたの能力、よほど強いと見た。その鈴を手に入れることができたなら……」
エリカがニヤリと笑う。その様子に優子は嫌悪感を抱きつつ、警戒を解かない。
「さあ、戦神楽を始めましょう。鈴売りもいるけど、まあいいでしょう。二人でもかかってらっしゃい」
エリカが構えると、その手に一振りの剣が現れた。その刀身は黒い炎で包まれている。
「それがあなたの能力か。派手だけど、どうかしら?」
優子もまずは『花を咲かせる』能力を使おうと、身構える。一方美波は、ニコニコと笑顔を崩さずに。エリカの方を見ている。
「優子はん、一個アドバイスや」
「アドバイス?急になにを……きゃっ!?」
「相手、もう一人おるでな」
突如、美波は優子を強く押した。押された優子は、真横に崩れ落ちる。
その直後、先程まで優子が立っていた場所に、後方から何かが振り下ろされた。振り下ろされた物体は地面に衝突し、大きな砂埃を上げた。
「なっ……!」
「外した!?なんで!?鈴で気配は消したのに!」
突如現れ鈍器を振り下ろした女性に、優子は目を丸くした。だが同時に、エリカと女性も驚きを隠せないようである。
「優子はん、今のうちに触れとくんや」
「あっ、はい!」
「しまっ……!」
場が混乱する中、優子はすぐそばにいる鈍器を持った女性の露出した足首に触れる。女性はすぐさま、その場に崩れ落ちた。
「ユカリ!」
「おー、まっこと恐ろしい能力やなぁ。ちょっと触れただけでアウトかいな」
美波はケラケラと笑いながら、エリカの方へと歩き始めた。
「く、来るな!」
エリカが左手を前に出すと、その手に一丁の銃が出現した。そして、エリカは引き金を引く。
一発、二発と弾丸が美波めがけて放たれる。が、二発とも美波の身体をすり抜け、明後日の方向へと飛んでいった。
「な!?」
「『物体をすり抜ける』能力や。今ならこれが五千円」
「くそっ!だがこっちなら!」
エリカは銃を投げ捨てると、持っている剣で斬りかかる。が、当たる寸前で美波の姿が消え、剣は虚空を斬り裂いた。
「これは『瞬間移動する』能力や。これは一万円。そんで」
エリカのすぐ後ろに現れた美波は、エリカの後頭部に手を伸ばし、指で弾いた。直後、エリカは物凄い勢いで吹っ飛び、優子を掠り川の方へと飛んでいく。
「『筋力強化』を複数個重ねたデコピンや。同じことするんなら、セット価格で二万かなぁ」
優子の後方から、激しい水音が響いた。
「今のオススメはこんなところやな。エリカはんとユカリはんには悪いけど、宣伝の出汁にさせてもろうたで」
美波はパンパンと手を払うと、笑顔で優子の方へと歩いてきた。
「……さすが、商売にするほど鈴を集めているだけはあるわね」
「すごいやろ?まあ、こうやって使いこなすには、ウチのメインの能力あってこそやけどな」
「メインだったのね、『心を読む』能力は」
美波は優子の側まで来ると、その笑顔を強めた。
「相手の目を見とかんと発動できんのは欠点やけどなぁ。さて優子はん、こういうことなんでな」
美波が優子に顔を近づける。そして、笑顔が一瞬で真顔となる。
「いくら自信あるから言うて、ウチを狙うのは感心せえへんで」
そう告げると、美波は顔を遠ざけ、優子に背を向けた。
「……肝に命じとくわ」
「それがええで、安全安心刺激的な戦神楽イフを送るんにはな」
優子は立ち上がると、近くで白目を剥いて倒れているユカリを見る。鈴を奪おうか少し考えたが、なんとなくやめることにした。
「ところで、さっきの『瞬間移動』の鈴なんだけど」
「一万やで。これは貴重で有能やさかい、一銭たりとも負けたりはせえへんで」
美波が振り返る。その顔は、いつもの何かを企んでいるような、笑顔に戻っていた。




