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煉獄を望む巫女  作者: 一乗寺らびり
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十話:煉獄を望む巫女

「おや、恵果じゃないか。それと、優子?忘れ物かい?」

「いいえ、黒野さんが話があるって言ってね」

「こんにちは、銀様。少し、軒下をお借りします」


 優子は恵果に連れられて、再び神社への階段を登っていた。日の光は少しばかり落ちており、暗くなり始めている。


「どうぞどうぞ。僕は引っ込んでるね」

「それで、話したいことって何かしら?私、あなたに何かをした記憶はないんだけれども」

「ええ、あなたの知らないところで私はあなたに助けられたのです。そのことをお話させてください」


 二人は神社の軒下に腰掛ける。優子は恵果の方へ顔を向けているが、恵果はまっすぐと、沈み行く太陽を見つめている。

 シロガネは、いつの間にやら姿を消していた。


「佐藤さん、三人組の巫女と戦った記憶はありませんか?一人は、佐伯凜花という名前です」

「三人組?リンカ?えっと、確かに戦ったことがあるけど……」


 優子は、巫女になった二日目のことを思い出す。三人組の巫女に囲まれ、鈴を寄越すよう詰められたのだ。今でも優子が活用している『鈴の位置を探知する』能力の鈴は、三人組のリーダー格の女性が持っていたものだ。


「戦ったけど、倒してしまったのよね、その人たち。少し運が良かったのもあるけど」

「その三人は、ミキの……私の友達の仇なんです」

「友達の、仇?」


 恵果は寂しそうに俯いた。


「ミキは、私の幼馴染で、二人で一緒に巫女になったんです。どっちが先に鈴を集めきれるか、勝負しようって約束しながら」

「仇ってことは、その友達、まさか……」

「……殺されたんです。佐伯凜花と、その取り巻きに」


 恵果の表情が、暗く、憎しみを込めたものへとなる。


「最初は、誰に殺されたかもわかりませんでした。だから、必死になって情報を集めたんです。ミキの無念を晴らすために。でも……」


 恵果の口が一瞬止まる。が、静かに、次の言葉を続ける。


「……佐伯が犯人だとわかった時には、既に鈴を奪われていたんです。佐藤さん、あなたに」

「……」


 恵果はゆっくりと、優子の方へと顔を向ける。その表情は、憎しみのこもったものから、気分の晴れたような笑顔に変わっていた。


「……ありがとうございます、佐藤さん。ミキの無念を、代わりに晴らしてくれて」

「で、でもそれじゃあ、あなたが報われないんじゃない?私、あなたの復讐を奪ってしまったことになるじゃないの」


 これはむしろ、恨まれることをしたのではないか。優子はそう考えた。


「いいえ。佐伯が鈴を奪われたと聞いて、私、冷静になれたんです。もし、私が先に佐伯を見つけていたのなら、きっとその命を奪っていたでしょう」

「黒野さん、それほどまでに……」

「だから、思ったんです。これはきっと、ミキが私の手を汚させないようにしてくれたんだって。あいつらと同じ、人殺しにさせないようにしてくれたった」


 恵果の目には、涙が浮かび始めていた。


「佐藤さん、ありがとうございます。ミキの無念を晴らしてくれて。私を、間接的に止めてくれて」


 恵果は、深々と頭を下げる。


「……頭を上げて、黒野さん。私はただ、偶然払いかかった火の粉を振り払っただけよ。お礼を言われるようなことなんて、何もしていないわ」

「あなたにとっては、そうかもしれません。でも、私にとってあなたは、仇を取ってくれた恩人です。この先、あなたのことは決して忘れません」


 恵果は頭を上げ、優子の目をまっすぐに見つめてきた。その目は、清々しいものであると優子は感じたのであった。


「そこまで言うなら、そう思ってくれて構わないわ」

「ありがとうございます。ただ、言葉だけでは私の気が収まらないのです。だから、私の持っている鈴をすべて、あなたに譲ろうと思います」

「鈴を?でも、あなたにも願いがあるはずじゃ?」

「私の願いは、『ミキと一生友達でいられること』です。この願いは、もう二度と、叶うことはありません……そもそも、鈴に願わなくとも、ミキとはずっと友達でいられたはずですから」


 恵果の目から、溜まっていた涙が零れ落ちる。


「だから、あなたの願いに役立ててください。私が集めた鈴を」

「私の、願い……」


 恵果は、優子の目の前に手を差し出した。そこには、四つの鈴が持たれている。

 優子は一瞬、鈴を取ろうと手を伸ばしかける。が、すぐにその手を引っ込めた。


「……貰えないわ、黒野さん」

「貰ってください!でないと、私……」

「それでもだめよ。だって、私の願い、『煉獄』なんですもの。あなたの平和で下らない願いとは、真逆なものですわ」

「え……?」


 恵果は、目を丸くして優子を見た。優子の言葉の意味が解らなかったのだ。


「れんごく……?くだらない?」

「青い空、白い雲、平和に笑い合う人々。そんな平穏な日常が、私」


 優子は恵果の瞳を真っ直ぐ見つめると、ニッコリと笑った。


「大嫌いなんです」

「え……?」


 優子は立ち上がると、沈みゆく太陽を見つめた。日はもはや半分も見えず、辺りを闇が包み始めている。


「もう一度言います。私、平穏な日常が大嫌いなんです。だから、この世が程よく、命の危険のある、緊迫したものになったらいいのに。そうずっと思っていました」

「え?え?」

「だから私は、『煉獄』を願いました。あ、煉獄ってわかりますか?簡単に言うと、地獄と天国の間にある、苦行を得て浄化される場所らしいですよ」

「は、はぁ……」


 恵果は困惑した。優子の言葉の意味が、ますます解らなくなっていた。


「地獄だと厳しすぎるから、煉獄くらいがちょうどいいかなって、そう思いながら願いました」

「その、煉獄っていう願いが叶うと、何が起きるのですか?」

「さあ?わからないわ。宇宙から侵略者が襲ってくるかもしれないし、戦争が起きるかもしれない。少なくとも、今の平和な日本はなくなってしまいそうですわね」

「ちょっと待って。その願い、あなただけではなく、他人も巻き込んでいるの?」


 優子の笑みが、更に強いものとなる。太陽は、完全に姿を隠した。


「ええ、その通りです。そんな楽しいこと、私だけではなくて、皆さんにも味わってもらおうと思ってね。まあ、努力すれば必ず報われる世界ではありますよ。だって煉獄ですもの」

「そんな……ふざけないで!」


 恵果は立ち上がると、優子に向かって叫んだ。


「今だって、辛い思いをしている人はたくさんいるのに、そういう人たちも巻き込んで地獄にしたいですって!?」

「地獄ではないわ、煉獄よ」

「どっちでも同じです!そんな身勝手な願いに、無関係の人たちを巻き込むだなんて……!」

「願いなんて、誰のものでも身勝手なものですよ。あなただって、そうでしょう?」

「くっ……」


 恵果は、手に持っていた鈴を強く握る。変わらずに笑顔を浮かべる優子を睨みつけ、飛びかかるように身構えた。


「……させないわ。そんな物騒な願い、絶対にさせない!」

「あら、ではどうするのですか?」

「今ここで、あなたの鈴を奪います!」


 そう叫ぶと、恵果は優子に向かって飛びかかる。しかし、優子に触れる直前で避けられてしまった。

 神社の石畳に、恵果の身体が叩きつけられる。


「うっ……くっ……」

「あら、あまり運動能力はないみたいですね。鈴の能力も、身体能力強化とかではないんじゃないですか?」

「こいつ……!」

「すまないけど、ここでの争いはやめてくれないかな?」


 これまでどこに行っていたのか、シロガネが現れ、優子の肩に手を置いた。


「神社では能力は使えないけど、能力なしの戦いもご法度だよ。もし続けると言うなら、二人共に罰を受けてもらうよ」

「あら、失礼したわ。ごめんなさいね、シロガネさん」


 そう言うと、優子はシロガネと倒れ込んだ恵果を尻目に、鳥居の方へと歩き出した。


「待ちなさい!あなたの願いは……許されるものではない!」

「いいえ、それを決めるのはあなたじゃない。それ以前に、願うことに許されるも何もないと思いますけど?」


 優子は足を止めることなく、階段を降りていく。


「私を止めたかったら、ここではない何処かで戦神楽を挑んでくることね。さようなら、黒野さん」


 優子の姿が遠ざかり、ついには見えなくなってしまった。


「くっ……!」

「はあ、全く……大丈夫かい?恵果」


 シロガネは恵果へと手を伸ばす。が、恵果はその手を弾いた。


「どうして……どうしてあんな願いを許したの!?」

「どうしてって言われても、僕にはどうすることもできないよ。僕はただ、心の奥底からの願いに見合った鈴を渡しただけだよ」

「そんな……!あんな願い……許されるわけが無い……!」


 恵果は思い切り、石畳を殴りつけた。


「あんな……酷い願い……」


 殴りつけた手から、薄っすらと血が滲み始めていた。


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