一進一退の攻防の果て
「大河……」
「下がってろ!」
大河が私の動きを声で止めた。二人はまた剣を握りしめ、空を切った。
まだ、戦いは終わらないのだろうか……。
そう思っている最中、
「ほう、なかなか良い使い手だ」
二人の勝負を目にした王が、感嘆の声をあげながらこちらに近付いてくる。
敵国の王は大河を見据えると、
「ちょうどいい、さしで着付けの効果を確かめてやろう」
と言った。
「王、この者は私が……!」
ルークが王に食らいついた。
「下がれ、下がれ」
「王……」
王はルークを含め他の兵士の動きを制止すると、大河と向かい合った。
大河の背後にはやはりあの、高貴な着物姿の女性が見えていた。
(おねがい、どうか大河を助けてほしい)
私はその魔の女性に祈るように視線を向けた。
女性は困ったように眉を八の字に下げていた。
「力が泉のように湧くのだ。これは、刀を合わせる必要もないかもしれぬ」
意気揚々と王が足を踏み出す。
「御託はいいんだよ! かかってこい」
負傷した肩が痛むのだろうか。
大河の額に脂汗が光っている。
しかし肩の負傷など、気にもしていない様子で大河はそう叫んでいた。
「後悔するぞ」
王は右足を踏み出し、低い姿勢で構えを取った。
鞘から刀をかちゃりと音を立てて振りぬいた。
剣先が宙で弧を描いたのち、大河の刃とセピアルの王の刃は交わった。
ガラスとガラスがぶつかる様な、透き通った響きでは決して無かった。
重々しく、鈍い音が両者の刃の隙間から零れ落ち、王室内をこだましていた。
剣を振るう腕の早さ故か、瞬きをするたびに、まぶたの裏には火花のような軌跡が浮かび上がる。
おそらく、煙たいこの場所で、大河もセピアルの王も瞬きを互いに許しはしないだろう。
一瞬でも隙を与えたならば、敗北を喫することになる。
互いの力をそれぞれ乗せて交わる、二本の剣が、押し合うあまりに一本の剣がそこにあるかのように錯覚した、その刹那。
(何てこと……!)
大河の剣の中央から、亀裂がほとばしったのだ。
王は口の端に嫌味な笑みを浮かべた。
「ふん、他愛のない」
王の剣を振り払うように大河は、重心を崩しながら後退した。
「ちっ」
大河の舌を打つ音が聞こえたのち、何の前触れもなく風を巻く激しい轟音が聞こえてきた。
室内の全員にざわめきが走る。
「風……?」
次の瞬間、視界の端に王の刃に禍々しい霧のようなものがまとわりついているのが見えた。
おそらくは、魔の力が宿ったのだろうが、肝心の魔の姿はまだ現れていない。
大河の剣が中央から削れるように剥がれだした。
(どうして、大河に宿った魔は手を貸してくれないの……?)
私は大河の背後の女性をすがるように見つめた。
刀が使えなくては、剣士も形無し。
戦況は、最悪と言い切ってしまいたいほど悲惨な状態になっていた。
セピアルの王はまさか、敵国の剣士に慈悲をかけるわけもなく、その禍々しさに満ちた自らの剣を、投げ出すのではないかと思うほど強く振り下ろした。
刀が振り下ろされるのと、同時か、その手前の時。
王室内を嵐が荒れ狂う波のように、すべてを巻き上げた。
驚きの声も、小さく漏れた悲鳴も、風の音に打ち消されていく。
王室内の壁が、風を受け、亀裂が生まれた場所からもろく崩れていく。
「――ぐっ」
王の攻撃を真正面から受けた大河に強風が襲い掛かった。
崩れ、外界へと通じてしまった王室の壁からはじき飛ばされるように、大河が風に攫われた。
「大河!」
大河の後ろであの、襲着物の女性が、悲しそうな瞳で私を見つめていた。
私の手を伸ばしたところで、彼には届きそうもなかった。
何もつかめない両手が宙をひっかいて、むなしく地面へと垂れた。
飛ばされた大河を追いかけようと、駆け出した私を兵士が制止した。
「離して! 離して!」
必至の叫びもむなしく、兵士の力は弱まらなかった。
大河がいなくなってしまった。
どうして、どうして?
魔がまだ王の背後に現れていない……。
魔の力だけは、どうやら発揮されているようだけど……。
「――がっ……これは?」
その瞬間、王が血を吐き出し、震えながら私を見た。
そしてようやく、王の背後に人影が写り込んだ。
私と涼にだけ見えているのであろうその人影、それは。
――死の魔。
「王! どうされたのですか」
ルークが王に駆け寄る。
「娘、騙したのか!」
大河、ゴメン。
貴方を傷つけてしまった。
私が――。
「騙した?」震えた声で私は言う。「貴方たちが知らなかっただけ!」
「何だと?」
「だって、それは、人を葬る死の装いだもの」
途切れ途切れに私は告げる。
「着付け師が、襟の合わせを左右逆にすると死という魔が訪れる」
左右が全く逆になっている、王の襟にみんなの視線が集まる。
奥義の心は、上と下、右と左、生と死は反対の世界。
この国は着物の文化がない。
だからこそ、この場にいる私と涼以外の人間には、まさか襟が間違っているとは分かりもしなかっただろう。
大きすぎる罠には気が付けない――。
でも、死の魔を呼びつけることは、おそらくほとんどの着付け師がやったことがないだろう。
もちろん、私だってない。
死の魔を呼ぶということは、一瞬で王を死に至らせることが出来るのだと思っていた。
しかし、王が刀を抜いたとき、死神は王に力を与えてしまった。
おそらく、相手に攻撃を与えることが、奥義――死への誘いを発動させる引鉄。
こんな真実があったなんて知らなかった。
でも、その真実を知っていたら、私は違う道を選んでいた――。
王の巨体が地面に平伏し、埃が舞い上がる。
兵士たちが口を押さえこみ、唖然とした様子で王を囲う。
私はセピアンという一つの国に、終焉をもたらしてしまった。
兵士の誰もかれもが、戦意を失い呆けていた。
「……もう、どこにでも行くがいい――」
私の手を兵士が離すと同時に、私は外へと駆けだした。
涼が私を呼び止める声に、立ち止まることは出来なかった。
「大河――!」
外に出て周りを見渡しても、どこにも大河の姿はなかった。
風が吹き荒れた跡だけが痛々しく残っているだけ。
――大河のいない世界で、私はこれからも生きていかなければいけないのだろうか。
私は走った。
大河が飛ばされてしまった方向、あの森へ、駆けだした――。




