手の中の静寂なおと3
「――ものすごく、不可解なことがあるんだ」
大河が自分の手のひらを開いたり、閉じたりを繰り返しながら言った。
「はい?」
「葵衣の家にわざわざ邪魔してまで聞きに言った話のことだ」
「あぁ……それが、どうかしたんですか?」
「何で、そもそも葵衣とあいつのことが気になるのかが、分かんねえ……」
大河は中指の裏側を、眉間にこすりつけて言った。
「そ、そう言われても」
私は返す言葉に困ってしまった。
そんな私を横目に大河は続ける。
「今になっても、頭を離れねえ」
「え?」
「――なんで、葵衣があいつと愛を語っていたのか、っていう疑問が、ぐるぐる頭をよぎる」
「それは、あの、私は語ってなかったと思うんですけど」
「やっぱり、口説かれてたのか」
大河がばっと顔をあげて私を見つめる。
この流れは前にも見たことがある。
頷くと、なんとなく気恥ずかしいし、否定すると一個前に戻る。
(これは、無限ループにはまってるみたいな気がする)
私は諦めて、そうです、と頷いた。
嘘はついてない……と思う。
「そ、そうだったのか」
大河が納得したような表情で言った。
「とりあえず、そういうことで一つお願いします」
私は両手を顔の前で合わせた。
「そうか、分かった。……それで、だな」
「はい」
大河は何か心を決めたように、
「一緒に来てほしい場所がある」
と言った。
「それ、さっきも言ってましたよ」
「なにっ? ――悪い、何か頭真っ白なんだよ……」
「大丈夫です」
「……おう」
「また、ループしちゃうときも、一緒にいましょ」
私は大河に微笑みを向ける。
「それで、どこへ行きますか?」
大河は私の言葉を聞くと、しばらく停止した後、口を開いた。
「……甘味処」
「行きたいです!」
「良かった」
私達は竹林の鮮やかな緑の道を二人並んで歩き、街へと繰り出す。
「あ、そうだ。大河って甘党なんですね」
まさか、彼から甘味処なんて単語が発されるとは思わず、意外だと感じた心のままにそう言ってみた。
「どう、なんだろうな」
大河は首を傾げた。
「え、だって甘い物が好きだから一緒にって、誘ってくれたんじゃないんですか?」
「どっちだっていい、俺の味覚なんて」
大河が照れくさそうに笑った。
「俺が葵衣を連れて来たかった……のかもしれねえ」
「かもしれない、ですか」
私達の前に甘味処が見えてくる。
自然に歩幅を緩めて歩き、店の前で足を止めた。
赤い布を折ってかけてある長腰掛が軒先に出ている、庶民的な店だ。
「曖昧は嫌いか」
そう言いながら、大河はのれんをめくり上げて、私に店内に入るように示した。
「――好きです」
大河はおでこを掻いて、私と向かい合わせの席に座った。
二人とも、品書きの紙から白玉あんみつを頼んだ。
大河は店員が持ってきた、青白の縞模様の急須をゆすって、熱い茶を湯のみに注ぎ入れ、茶をろくに冷まさないまま飲んでいた。
「ふーん、猫舌ではないんですね」
「そうかもな……」
大河は私から微妙に視線を外している。
看板娘、といった風情の店員がお盆にあんみつを二つ乗せて持ってきた。
「ありがとう」
私は机の上に置かれた、あんみつの鉢を持ち上げる。
その時、大河が茶をまだ飲んでいたので、
「食べないんですか?」
と訊いた。
「食べる、が。まだ喉を通りそうになくてな」
無理もない話だ。
朝から叩き起こされ、奇襲に対応したのだろうから。
私は匙を持って、あんみつを頂く。
「ん~、美味しい……」
口内で存在感を主張する白玉は、もっちりふわふわとしてて噛みごたえがあった。
添えられたあんこは甘すぎず、滑らかで上品な口どけをしていた。
その二つが合わさったこの白玉あんみつに舌鼓を打ってしまうのは、当然としか言いようがない。
「美味いか」
大河が前のめりになって訊いた。
「はい! 美味しいですよ。 ……食べないんですか?」
「……やる、葵衣に」
そう言って大河は私にあんみつの鉢を差し出した。
人に譲ると言っているのに、大河はやけに満足げな顔をしていた。
「え、良いんですか?」
「ああ」
大河は気前よく私に譲って、また茶を啜っていた。
「ありがとうございます!」
私はきっと、恵比須顔の笑顔であんみつを頬張っている。
「……甘い物、好きか」
大河が私を見つめて訊いた。
「好きです」
私はきっぱりと断言した。
こんな贅沢で美味しいものは、他にない。
「――お前は、好きだと言いすぎだな」
大河がため息交じりに、上を向いて言った。
「だって、ねえ」
私は甘い蜜のたまった、鉢の底に語りかけるように呟いた。
今日は、いつもより甘かったみたい。
「……こんなに、ゆっくり話せる機会はもうないかもしれねえ」
大河が言った。
「え?」
「多分、さっきの奇襲のせいで、これから国の周りの警護を厳しくすることになる。明日以降、俺はそこで――」
私は黙り込むのも悪いと思い、
「……寂しく、なります」
かろうじてそう言った。
大河はそんな私を見て、顔をほころばせた。
しばらく、会えなくなるの?
ちょっとこれは、寂しさが胸に刺さりそう。
私はあんみつの鉢の底にたまった蜜の水面に寂しさを揺らした。
そして数日後、大河の言葉通りの状況になった。
つまり私たちは今まで以上にもっと、会うのが難しくなってしまったのだ。




