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異世界出戻り奮闘記<番外編>  作者: 秋月 アスカ
2/2

2.魔術師と元護衛の静かな語らい<オルディス視点>

リクエスト短編。

ハルカが巫女の役目を終え、元の世界へ帰還した後のお話。オルディス視点。

※本編の前日譚のため、どのタイミングで読んで頂いても大丈夫です。

 私は、今度の巫女が好きではなかった。


 嫌いだと言い切れるほど彼女のことを知っていたわけではない。

 だから、まさしく「好きではない」という表現が適切であると思う。

 彼女を知りたいと思うほどの関心も熱意もなかった。私たちの付き合いは、表面的かつ事務的なものに終始しており、彼女の本質を知る機会は、最後の時までとうとう巡ってはこなかった。


 別に、取り立てて腹の立つ娘だったということでもない。

 むしろ、浅い付き合いの中で知る限りでは、彼女はごく普通の少女だった。

 異世界召喚という現実を受け入れられず、いつもどこか怯え、人見知りをして。見目のいい若い騎士を側につけられてからは、それにすっかり甘えるようになって。それから先は、人形のように言いつけられた仕事をただこなして過ごしていた。


 つまらないな、というのが正直な感想だった。

 私は恐らく、心のどこかで期待していたのだろう、異界から来た巫女という存在に。

 人知を超える思考と行動力を持ち、尋常ではない力を操り、この世界を我が物顔で動かしていく――もちろんそこまで夢を見ていたわけではない。だが、何か変わったことをしでかしてくれるのではないかという、小さな期待があったのは確かだった。


 そんな彼女に、ほんのわずか心を動かされたのは、最後の時を迎えたあの一瞬。


 元の世界への帰還を約束する魔方陣の中。

 眩い光に包まれ消えゆく彼女は、その瞬間まで従順だった。


 それが突如、強い光をそのまなざしに宿したのだ。

 そして自分の護衛だった男をひたと見すえ――好きだ、とはっきり告げた。


 よもや彼女がそんな行動に出るとは、ゆめゆめ思いもしなかった。それは、告げられた当人でさえそうだっただろう。虚を突かれたように、その場に居合わせた誰もが、言葉もなく立ちつくした。


 しかしそれでも、彼女の瞳は揺るがなかった。

 周りの人間など誰一人として目に入っていないとでも言うように。

 ただひたすらに、意中の一人を見つめている。

 この一年、事務的ながらも共に過ごした短くもない期間で、それほど強い巫女のまなざしを、私は初めて見たのだった。


 ――すまない。


 だが、思いを告げられた若い騎士は、静かな声でそう答えた。

 男女の恋愛沙汰などどうでもいいと、普段の私ならば鼻で笑っていたことだろう。しかし、人生と己の世界をかけたこの娘の、まさしく一世一代の告白に、わずかばかり心動かされたのは確かだった。


 この娘、最後にやってくれたな。


 不意に笑みが零れそうになった。

 私に見せていたのは、彼女のほんの一部に過ぎなくて――そもそも、見せるつもりなどなかったのだ、自分自身を。私もこの世界も、彼女にとっては仮初の存在に過ぎなかった。ただ、帰りたいという思いと、好いた相手への思いだけを貫き通して――そして彼女はこの世界から消えてしまったのだった。


  ・  ・  ・  ・


 彼女の護衛に任命されたノエルという若者は、将来有望な騎士だった。

 貴族の出自でありつつ、その実力は折り紙付き。目上の者はきちんと立て、後輩たちにも分け隔てなく接し、指導する。とびきり愛想のいい人間ではないが、周囲からの信頼は厚いと聞いていた。


 そんな男を、わざわざ巫女の護衛などにつけなくても。

 王宮でそうした声が上がったのを聞いていた。私自身、同じように考えた。巫女のご機嫌取りに使うには、いささか勿体ない人選なのではなかろうか、と。


 ノエル殿自身でさえ、同じように考えているはずだ――と、皆は勝手に確信していた。

 なぜ自分が、右も左もわからぬ小娘の世話を焼かねばならぬのだ、と。口には絶対に出すまいが、胸の内では愚痴を垂れているのに違いないと、王宮では彼に同情する風潮すらあったものだ。


 そんな人々の勝手な同情をよそに、彼は黙々と仕事をこなした。

 この平和な王宮で、護衛としての役割を求められることは少ない。代わりに、巫女の心のよりどころとして、彼は真摯に彼女に仕えたのだ。


 巫女は面白いように彼にのめり込んでいった。

 ノエル殿に心を許し、それをきっかけに、彼以外の人間との交流も少しずつ深めていった。引きこもってばかりいた巫女が、やがてきちんと外に出て、巫女としての役割を受け入れるようになっていったのは、大きな変化であり進化であった。


 それは偏にノエル殿の功績だっただろう。

 皆はそれを称え、彼の苦労をねぎらった。同時に、あまりに巫女に気に入られてしまった彼を不憫に思う声も絶えなかった。いや、それならばまだましだっただろう。巫女と彼の関係を邪推し、嘲笑い、ノエル殿を貶めようとする者さえ現れたものだ。


 そんな中で、ノエル殿が巫女について語ることはほとんどなかった。

 だから、彼の心のうちは分からないままだ。

 巫女が帰還する日、あの瞬間でさえ、彼の本心を知る者は彼以外にはいなかった。

 ただ静かに告げられた拒絶の言葉が、彼の心の内をどこまで表現し得ていたのかは、誰にも分からない。


  ・  ・  ・  ・


 巫女が去ってからの王宮は、混乱もなく落ち着いていた。

 水面下では、後任の巫女選びで様々な諍いが巻き起こっていたのは知っている。が、そうした権力絡みの闘争など、私にとってはどうでもいい。今度こそ、巫女の魔術指導の任だけは引き受けまいと、ただそれだけを考えていた。


 そして新たな巫女が決まった。

 多数の予想に反し、決定したのはアルディナという名の少女だった。


 彼女が類まれな魔力を保持する有望株だという話は聞いていたが、まさか本当に後任巫女に選出されるとは。身分上の問題で、彼女が巫女になるのは難しいだろうと考えられていたから、これは密かな驚きだった。もちろん、私に文句も意見もあろうはずがないのだが。


 それでも、全く我関せずで放っておくことは許されなかった。

 異界の巫女の魔術教師だったということで、今度の巫女に対する教育方針についての意見を求められたのである。

 面倒なことではあったが、招集を無視すれば、再び教師役を押し付けられることになりかねない――前回の二の轍は踏むまいと、私は重い腰を上げ、話し合いの会合へと向かった。


 そこで久方ぶりに、ノエル殿と鉢合わせた。

 彼も同じ理由でこの場に呼ばれたであろうことは、想像に難くなかった。


 久しぶりに見る彼は、以前と変わったところはどこにも見えなかった。

 この場に限ったことではない。彼の働きぶりは相変わらずで、彼に寄せられる周囲の信望の厚さは、やはりこちらも相変わらずだという。

 異界の巫女の心を射抜いた“腕利きの”護衛騎士。そんな風に囃し立てる周囲の声など、彼は一向に気にしない。嫌がるでもなく、困るでもなく、ただ淡々と聞き流している。その無感動な様は、全ては彼にとって「義務」であり「仕事」であったのだろうと周囲に印象付けるに十分だった。


  ・  ・  ・  ・


「新しい巫女の護衛に、内定する見込みだそうだな」


 そんな彼に、こちらから話しかける気になったのは何故なのか。

 広くもない会合の部屋、ノエル殿がたまたま隣に座っていたからかもしれない。もしくは、なかなか始まらない会合をただ待つことに飽き飽きしていたからなのか。明確な理由を自分の中に見つけられないまま、気づけば既に言葉は口から漏れていた。


「そのようです」

 私が声をかけたことに若干の驚きを見せつつも、彼は落ち着いて応えを寄越した。

「引き受けるのか?」

「断る理由もありませんので」

「巫女の世話など、面倒なだけだろう。――今回は、前ほど酷くはないかもしれないが」

 彼は、わずかに目を伏せた。

「任務ですから、できる限りのことをするまでです」

 いかにも優等生な受け答え。私からは逆立ちしても出てこない言葉だ。

「そういうオルディス殿も、魔術の指南役の候補に挙がっているのでは?」

「もちろん断らせてもらう。そのために、今日この場に来たのだからな」

 そうですか、と頷き、ノエル殿は手元に配られた資料へ視線を落とした。


 彼が意図的に、ハルーティアの話題を遠ざけたことには気がついていた。


 彼女のことは思い出したくもないのか。

 それとも。


「……ノエル殿、これを何と読むか知っているか?」


 私は資料の片隅に、ペンでとある単語を走り書きした。

 ちらとこちらに視線を寄越した彼は、単語を一瞥し、小さく首を横に振る。


「これは君の名前……『ノエル』と読むそうだ」

「――」


「ハルーティアの世界の文字らしい。たった三つの文字だが、先代の異界の巫女が残した文字とは全く系統が異なることが見て取れて、非常に興味深い」

 ノエル殿は何も言わなかったが、彼の意識が一気にこちらに引き寄せられたのは明白だった。

「これが私の名前、そしてこれがオトゥランド殿の名前らしい」

 続けて、二つの単語を同じように書いて見せる。

「何かの話のついでに、戯れでハルーティアが披露したものだ。……あれはあまり自分の世界の文字を書き残さなかったから、文字と言語の関連性や規則性は解明できずに終わるだろうな。この三つの単語が、唯一読みと意味の判明している単語ということになる」

「そういえば、確かに、あいつが自分の国の言葉で文章を書いているのを見たことがありませんでした」

 彼は、ほんのわずかに表情を緩め、異界の言葉で書かれた自らの名前に見入っていた。

「ハルーティアは、この世界に何も残そうとはしなかったな」

「……そうですね」

「とは言え、君にはとんでもない置き土産を残していったようだがね。あれで私は、初めてあの娘を面白いと思ったものだ」

「……」

「結局私をはじめ、誰も彼女の本質を理解していた者はいないのだな――君を除いては」

 するとノエル殿は、再び小さく首を振った。

「私も理解しきれていませんでしたよ。もう、理解する機会は永久に失われましたが」

「それを惜しいと思うなら、あの時あれほど迷いなく彼女を拒絶したりはしなかったろうに」

「迷いようがありません。分かりきっていましたから」

「……何を?」

 彼は静かに言葉を続けた。

「――彼女の手を引けば、二度と離してやれなくなると」


 そこで遅れていた会の参加者たちがようやく姿を現し、そのまま会合は開始となった。


 白熱した議論などは一切飛び交ったりはしない。

 新しい巫女の扱いについては、全てがあらかじめ決められていた。会は、確認事項を一つ一つ潰し込んでいく形で、つつがなく進んでいく。


 司会の進行は、何一つ頭の中に入ってこなかった。

 これからの未来のことよりも、もはや取り返しのつかない過去の密やかな決意の行方に、私の関心は引かれていく。

 あの時彼があの娘の手を引いていれば――。

 少なくとも、この苦痛でしかない会合は、開かれてはいなかっただろう。


(ならば、その手を引くべきだったな)

 私は心の中でそう独り言ちて、退屈な溜息を一つ落としたのだった。

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