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~ほんとのエピローグ~

 二学期に入った椥辻学園第二高等学校。


 いつも私が空手の練習に励んでいる武道場で、小町は悶々としていた。


 私が全国大会で優勝したことで、女子空手部が校内でも有名になって、新入部員が次々に入ってきた。前は一年から三年まで合わせても十八人だったのに、今は三十人以上。これまでは練習するのに武道場の半面だけで足りていたのに、今は全面使わないととても練習にならない。


 そんな盛況な女子空手部の練習の場に、私――四条穂積はいなかった。


 九月になり、二学期が始まってからというもの、私は学校には行っていたけど、ずっと部活を休んでいた。


(先輩、ひどいです……小町だけ置いてけぼりにして、家に引きこもっているなんて……)


 小町は入ったばかりの部員に容赦ない鉄拳をお見舞いする。部員は泣きそうな顔になっているけど、小町には関係ない。


(先輩がいない部活なんて、やる意味ないです。ああ、やっぱり小町も部活休んで、前みたいに先輩の家にいこうかな……)


 私が休み始めてから、前みたいにすぐに小町が私の家に押しかけてこなかったのは、小町が空手の本当の楽しさに――あの全国大会をきっかけにして――気づいたから、らしかった。


 それでも、私のいない部活は、やっぱりつまらない。それは、他の部員にしても同じようだった。


(先輩……急に体調が悪くなったって言ってから、もう一週間……あっ、もしかして、悪性のウイルスにかかって命の危機にあるとか? そうだとしたら小町、こんなところでぼやぼやしてる場合じゃないです。早く助けに行かないとっ……!)


「先生! 小町はいきなり気分が悪くなったんで、部活を休みます!」


「あからさまなウソをつくな。さっさと練習に戻れ」


 顧問の先生に却下されても、小町は食い下がる。


「先生! 小町は四条先輩と同じ、新種の出血性ウイルスに冒されたので、ここにいては空気感染して危険です! やっぱり部活を休みます!」


「安心しろ。お前はそんな物騒なウイルスには冒されてない。四条もだ。寝言はいいからさっさと練習に戻れ」


「ふえ~ん。じゃあ、先輩はなんで休んでるんですかぁ」


「体調不良、だ。気にするな。お前は練習に専念しろ」


「先輩のいない状態で専念なんてできません~。先生、私今度は新種のノロウイルス――」


 そのとき。


「――すみません」


 武道場の入り口に、見慣れない女の子が現れた。


 丸いミドルショートの黒髪をした、小柄でかわいい雰囲気のその子は、椥辻学園のものじゃない制服を着ていた。大きく開いた純粋な瞳を向けて、彼女は近くにいた先生に告げる。


「あの、穂積さ……四条さんが、こちらの武道場にいらっしゃるって聞いたんですが……」


 顧問の先生が答えようとすると、先に小町が割って入った。刺すような視線を送って。


「先輩に何の用? 先輩とどういう関係? も、もしかして先輩、休んでる間に小町にだまってこんなかわいい子を手ごめに――」


「えっと……そういう関係じゃないですけど」真面目に答える彼女。それから、少しだけ虚ろな色の瞳を見せる。


「実は四条さんに、お願いしたいことがあって来たんです――」











 そのころ――


 私は自分の部屋で何もせず、ただ寝そべっていた。


 ベッドの上で大の字になりながら、少し灰色がかった天井を、ずっと飽きることなく眺め続けている。


 魂が抜けたように、ただぼうぜんとしながら。


 夏の大会で日本一になってから、私は張りつめていた糸が緩みきったような、そんな感覚に襲われた。


 弾いても響かない、ピアノの弦みたいに。私の体は、なにか大事なものを失ったかのように、動かなくなった。


 体だけじゃない。私自身も――私の気持ちも、何もする気が無くなっていた。


 ヤル気がない。空手をするのが、億劫になっている。


 どうしてだろう。あんなに情熱を注いでいたのに。私の全てを、空手にささげていたのに。


 顧問の先生には、体調が悪いからと伝えていた。でも先生は、私の気持ちに気づいているみたいだった。


 燃え尽き症候群なんじゃないか。そう先生は言っていた。


 あまりに熱中しすぎる時間は、その後で極度の脱力感をもたらすんだ。そんなことを、先生は言っていた。


 そのなんとか症候群かどうかは分からないけど、私には原因が分かっていた。


 日本一になってから、私は目標を失っていた。


 私の中では、高校三年生――高校最後の夏に、空手で日本一になるつもりだった。だから今年――まだ高校二年生の私は、夏の大会をその前哨戦ととらえていた。そしてもう一年間頑張って、三年生になってから最後に優勝してやるんだと、そう勝手に考えていた。


 でも私はこの大会で、三年生を押しのけて、優勝した。


 優勝してしまった。


 うれしかった。思っていたより早く日本一になれて。私の努力が報われて。


 でも――


 逆に私は、いままで目指していた目標を、失ってしまった。


 大会後のインタビューで、私は次の目標をまともに答えられなかった。それは緊張していたからじゃない。本当に考えていなかったからだ。


 日本一になってから、次に私がやりたいことを。


 こんなに早く日本一になれるとは思っていなかったから。


 だから、私はこれからどうしたらいいのか、分からないでいる。


 次の大会も優勝する。それが月並みな答え。でも――


 それじゃ足りない。そんな気がしていた。


 どうして。


 それは――


「穂積さん、夕飯の準備ができましたよ」


 ドアをノックする音のあと、お母さんの声が聞こえた。私はうわずった意識のまま、答えた。


「ああ。すぐ行くよ」


「穂積さん、最近元気ありませんけど、どうなされたんですか。部活にも参加していないようですし……」


「なんでもないよ。ちょっと体が重たいだけだから」


「……穂積さん、まさかまた悪魔に取りつかれているんじゃ」


「えっ」


「左肩より、右肩の方が重くないですか? だとしたら『レッサーデビル』という悪魔に取りつかれている証拠です! 私、福山県荘武市の教会で勉強してきましたから! さあ、早く出てきてこの十字架の洗礼を受けなさい!!」


「いや、大丈夫だから! 左肩の方が重いから……」


「本当ですか? じゃあ、レッサーデビルのしわざではないようですね……安心しました。では穂積さん、下で待っていますからね」


「ああ……」


 教会で「悪魔祓いの勉強」をしてきたらしいお母さんは、まだ私に悪魔がとりついていると思い込んでいる。祓い方もいろいろ学んできたようで……まあ、とりあえずややこしくなったことだけは確かだ。


 それより――


 私は、これからどうしたらいいんだろう。


 今までどおり、空手の練習に打ち込めばいいのかもしれない。空手なら、全てのよけいなことを、忘れさせてくれそうな気がする。


 でも――


 私の中で、もやもやした気持ちがずっと残ったまま。


 なんでだろう。だから、何もする気が起きないんだ。


 ふと、窓に差しこむ夜空をながめる。まだカーテンをしめていないそこには、暗い空と、いくつか見える白い星の光が見える――


 ――はずだった。


 でもそこには、いつもなら無いはずの小さなシルエットが見えた。


 小さな、イヌの人形の形をした、シルエットが。


「――えっ?」 


 私は目を見開いた。その後、目をこすって、もう一度見る。


 間違いない。


 そこには――


「ひさしぶりだな、四条穂積」


 とぼけた顔をした、イヌの姿があった。






「っ――!?」


 あまりに突然だった。


 たった数日だったけど、見慣れたイヌの姿が――


 二度と会いたくないと云ったやつの姿が――


 私の目に、映っていた。


 人形サイズのイヌは、以前と同様に窓枠からぴょんと私の机に飛び乗った。そして人形の仕様であるらしいとぼけた顔のまま、鋭い目つきを私に向けてきた。


「――どうした。私の顔を忘れたか」


 忘れるわけがない。というか、動いてしゃべる人形なんか、一生のトラウマものだ。


 あっけにとられて、言葉が出ないだけ。私は寝ていた状態から思わず上半身だけ起こして、なんとか声をしぼりだした。


「イヌ……お前、なんで……」


「イヌではない。アシュレイだ。やっと覚えたかと思ったらこれか。全く、物忘れの早いやつだ」


 アシュレイはなかばため息をつきながら、細くした目を向けてくる。私は相変わらずえらそうな態度のアシュレイに向かって云った。


「なんだよ……私に会うのは最後だって、言ってただろ」


 云いながら、私は矛盾する気持ちを抱いていた。


 どこかで――


 どこかで期待していたような、アシュレイの出現に。


 アシュレイは深刻そうな口調で云った。


「私もそのつもりだった。だが、事情が変わった。貴様にぜひ協力してほしいことが出てきたのだ」


「協力……?」


「その前に」アシュレイは云った。「全国大会、優勝したそうだな。おめでとう」


「あ、ああ……ありがとう」唐突な賞賛に、私は曇った表情のまま、小声で答える。アシュレイは不思議そうな顔をした。


「そのわりには、あまりうれしくなさそうだな。部活にも最近出てないそうじゃないか」


「ああ、そうなんだ……って、なんでお前がそんなこと知ってるんだ」


「さっき、奏から聞いた」


「奏?」


「奏が今日、貴様の高校の武道場に行ったのだ。貴様に会いにな。だが留守だったから、小町とかいうあの『ついったあ』好きのやつから貴様のことを色々聞いたらしい」


「そうなのか……」


 せっかっく会いにきてくれたのに、悪いことしたな。小町もきっと、私のことを心配して――


「なんでも『四条先輩は新種の致死性ウイルスに感染して、治療のためしばらく部活に来ていない』と聞いたぞ。本当か?」


「……なんだって」


 小町……どんな妄想膨らませてるんだ……。


「奏はそれを本気にして『いますぐ私の魔法で穂積さんを治療しないと……!』とか言っていたが――」


「んなわけないだろ! 見ての通りピンピンしてるよ!」


「私もそう思って、とりあえず落ち着かせた」アシュレイはそこではじめて苦笑した。


「病気のことはともかく、みんな貴様のことを心配していた、ということだ。一体どうした。てっきり空手にはげんでいるものと思っていたが」


「……まあ、なんていうか」私は言葉を濁した。


「思ったより早く……っていうか、あっさり夢がかなってさ。日本一になれるのは来年だって思ってたから。なれたのはいいんだけど……なんとなく、それから空手をやる気がしないんだ」


「つまり、次の目標を見失っているのか」


 痛いところをつかれ、私は何も云えなかった。


 アシュレイの云う通りだった。


 私は、目標をなくしていた。


 日本一になれた。あれだけ渇望していた全国大会の優勝に、手が届いた。


 でも、その後は?


 日本一になることに必死で、その先のことまで考えてなかった。


 何をすればいいのか分からず、それから私はただ、自分の部屋で天井を見上げているだけ。


 私は――


 何をすればいいんだろう。


 私がしばらく無言でいると、アシュレイが口を開いた。


「――ということは、いまはヒマなわけだな」


「ヒマ、っていうわけじゃないけど……」


「毎日何もせずただ部屋で寝ているだけの状況をヒマと言わずして、なにがヒマなのだ」


「ぐっ」


 反論したいけど、図星だ。


「それなら、ぜひ私に協力してほしい」アシュレイは言ってきた。「いや、協力というより――貴様の助けがほしい」


「助け?」


「奏のことだ」アシュレイは云った。「マルガーとの戦いで、彼女はよくやってくれている。真面目な性格が功を奏してか、力の扱いに関しては申し分ない。うまく使いこなしているし、習得も早い。だが、身体能力の方は逆にこちらが想像していた以上に低かった。少し走っただけで息切れし、相手の攻撃をまともにかわすことも、受身をとることもできない。おまけになぜか、私にも理解できないのだが、奏はなにもないところで急に転んだりするのだ」


 ああ、いるなそういう子。思いながら、私はアシュレイの言葉を聞いた。


「だから私は彼女をきたえ上げようと、専属のトレーナーをつけて奏に毎日六時間以上みっちり体力トレーニングを課した。腕立て伏せ百回×三セット、スパーリング三分間×十セット、ランニング十キロ×ニセット等々、簡単にできるものばかりだ。だが奏は全くついてこれず、すぐに音を上げる。一日もまともにこなせたことがない。我々もどうしていいのか、困っている次第なのだ」


 いや、無理だろそんな筋トレ。だいたい、運動のできない子に毎日六時間とかありえないし……。たぶんアシュレイのやり方はスパルタなんだろうな。思っていると、アシュレイは私の表情をうかがうように目を向けてきた。


「そこでだ、四条穂積。貴様に、奏のトレーナーになってもらえないかと考えたのだ」


 聞いて、私は一瞬、胸が高鳴った。


「私、が――?」


「そうだ。今日奏が貴様に会いにいったのも、そのためだ。このままではいけないと思ったのだろう。でも頼れるのが貴様しかいないから、貴様がいると言った武道場にわざわざ足を運んだのだ。自主的に。私は後からそれを聞いて、家にならいるだろうとここにやってきた、というわけだ」


 そうだったのか――。


 本当に、奏には悪いことしたな。せっかく来てくれたのに。


「貴様なら奏と歳も近いし、同じ地球人の女性だ。我々よりもうまく奏に教えられるのではないか」


「うまいかどうかは分からないけど……」


「どうだろう。引き受けてはくれまいか。我々としても、貴様しか頼りがいないのだ」


 アシュレイが真剣な目で私を見つめる。私は云われたことに戸惑い、迷うしぐさを見せていた。


 そう、迷っているようにみせていた。


 でも、心の中ではもう決まっていた。


 夢がかなったあとにぽっかり開いた私の胸の穴を埋めてくれるような、そんな気がしたから。


 私は、二つ返事で答えた。


 奏の指導者に――ヒロインをきたえる、トレーナーになることに。


 自分が空手をするわけじゃない。でもやりがいがありそうだと、私は直感的に思った。自分のために空手をするんじゃない、他人のために、空手をすることに。


 私の中に、充実感が満ちてくる。


 日本一を目指していたときとは違う、心の底からの充実感に。


 私はベッドから立ち上がった。次の目標に進むために。


「よろしくな、アシュレイ」


 私はそっと右手を差し伸べる。アシュレイもそれに答えて、手を出した。


 それを狙って、私はアシュレイの右手をつかまえると、そのまま胸に引き込んだ。


「なっ、なにをする貴様!?」


「やっぱアシュレイはイヌの方がいいな!」


 そのまま思い切り抱きしめる。人形のやわらかい感触が気持ちいい。アシュレイは苦しそうにしてるけど、私はかまわず抱きしめ続けた。


 ヒロインと私の関係は、まだ当分続きそうだ。






 私は、感じていた。


 太郎を助けたときと同じ感覚。同じ気持ちを。


 本当に強い空手家になるために、必要なこと。


 勝負に勝つことより、重要なこと。


 それは、自分以外のだれかのために戦っている、ということ。


 自分だけのために頑張ることには、限界がある。


 でも、他人のためになら、自分の限界をこえて、頑張れるんだ。


 どこまでも。いつまでも。


 ここまでお読みくださり、ありがとうございました。


 紆余曲折、なかなか予定通りにはいきませんでしたが、なんとか完結までこぎつけることができました。


 突然「ヒロインになれ!」と云われても困るっつーの! というテーマ(?)ではじめた本作。いかがでしたでしょうか。


 私的に、この小説は最初から誤算がありました。


 テロップを書いていたときは、コメディ要素をたくさん盛り込んでつっ走ろう! くらいに考えていたのですが、いざ書いてみると、じつはこれ、テーマが重い(苦)。


 世界が滅ぶかどうかがひとりの少女の決断にかかっているので当然といえば当然、そこのところを軽く書いていこうとしていたのですが、やはり進めば進むほどどうしてもシリアスにしないといけない場面が多くなってしまう。後半は「あれ、この小説のジャンル、コメディだよね?」と自問自答しつつ書いていたりしました。


 とはいえ、こういうテイストの小説は元々私自身好きなので、これはこれでいいか、などと自分に言い聞かせつつ、最後まで書き進みました。がっつりコメディを期待してた方、すみません。その代わり、小町とか四条の母親とかのキャラが当初の予定よりだいぶ濃くなったのですが、これはたぶんシリアスシーンの多い反動だと思います。。。


 お気に召しましたら、ぜひ一言だけでも、ご感想をいただけるとうれしいです。

「面白かった」「笑えた」「美味かった」「ごちそうさま」なんでも構いません。

 ぜひ、どこかにあなたの足跡を残していって下さい。


 まだまだ未熟者ですが、今後も精一杯、

 バカバカしい小説を書いていきたいと思っています。

 どうぞよろしくお願い致します。

 繰り返しになりますが、ここまでお読み頂いて本当にありがとうございました。




 また読んでね!


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