第22話 一日目
◇ケイ視点
「第四の沢より、敵の大規模な部隊が接近中! 第十小隊のクロエが捕捉しました!」
第二小隊のエルザが弾かれたように本陣へ駆け込んできたのは、つい先ほどのことだ。
その報告を受けるやいなや、待機していたレオニー団長率いる遊撃の本隊が凄まじい速度で出撃し――そして今、文字通り無傷で帰還してきた。
「我らの大勝だ! 敵の先頭が岩の防壁でモタついているところに強襲をかけ、見事、一方的に叩き潰してやったぞ!」
馬から降りたレオニー団長が、兜を脱ぎながら誇らしげに笑う。女性でありながらホッホブルクの騎士たちを束ねる彼女の凛々しい顔には、確かな充実感が満ちていた。
「ケイ殿の読み通りですな! 敵の動きが手に取るようにわかりますぞ!」
本陣で忙しくしている従軍士官たちも大喜びだ。
大縁崖の地形を利用した、出口での各個撃破。
戦術としては完璧にハマっている。けれど、これほど一方的な戦果が上がっている理由は、もちろんそれだけじゃない。
(みんな気づいてないけど……実は少しだけ、裏で手伝ってるんだよね)
開戦の直前、このあたりの精霊たちに干渉し、崖下の谷筋からわたしたちのいる崖上へと、少し移動してもらっておいたのだ。
結果として何が起こるかというと。
崖の下、つまり敵が登ってくる谷の内部は、酸素が薄くなり、標高の高い山のような『息苦しい空間』になっている。
重い甲冑を着込んであの急斜面を登れば、敵兵は酸欠と異常な疲労感でまともに動けなくなるはず。
逆に崖上は、酸素濃度が最適な状態に保たれた『元気が出る空間』。
ただでさえ地の利があるうえに、息の上がった敵と、限界以上に体が動く味方。これだけ見えない条件に差をつければ、一方的に敵をすり潰せるのも納得できる。
「いやあ、ケイ殿! これなら三万の大軍も余裕ですな!」
「あんな急な崖を登ってきたからか、ゼクセンの奴らも足元がフラフラでしたよ!」
騎士たちが満面の笑みで話しかけてくる。
彼らの士気が高いのは良いことだ。兵士たちにとって「勝てる」という確信は、何よりの武器になるから。
「喜ぶのはまだ早いですよ。気を抜かないでくださいね」
みんなの熱を適度に冷ますよう、あえて落ち着いた声で告げる。
「敵の数は三万。本隊はまだ無傷です。休む暇はありませんよ、すぐにまた次の合図が――」
そう言い終わるか終わらないかのうちに――再び、崖上の平原に鋭い笛の音が鳴り響いた。
別の谷口から、新たな敵が這い上がってきたことを知らせる警報だ。
「ほら、言ったそばから。すぐに出番ですよ」
「休む暇もないようだな! 皆の者、陣形を整えよ! 続くぞ!」
レオニー団長がよく通る声を張り上げると、騎士たちは真面目な顔でうなずく。息をつく間もなく馬へと飛び乗って、新たな戦場へと駆け出していく。
絶え間なく出撃していく彼らの頼もしい背中を見送りながら、わたしは不安を感じていた。
士気を下げる必要はないから口には出さないけれど、まだ不安は残っている。
(もし、相手の指揮官が味方の犠牲すら気にしない冷酷な性格だったら……?)
大量の犠牲を出したら、普通は士気が保てなくなって撤退する。でもゼクセン帝国は、勝つためなら手段を選ばない国だ。
もしこちらの戦術を見破って、遊撃本隊が追いつけない速度で複数の谷から「同時に」兵を押し上げてきたら。
死体の山を築いてでも、無理やり崖の上に足場を作ろうとしてきたら。
いくら有利な状況でも、限界は来る。次々と押し寄せる敵に対して、五千の人間が振るえる剣の数と体力には、どうしても上限があるから。
ゲームみたいに永久に戦えるわけではないのだ。
もし飽和攻撃で突破され、崖の上に陣を敷かれてしまったら、その時は――。
(……いや、その最悪の事態になったら、速やかに本隊を下げるしかないよね)
なるべくみんなの力で乗り越えてほしいけれど、防衛線が限界を迎えた時に備えて、どのタイミングでエドマンドさんに撤退を進言すべきか。
わたしはひそかに頭の片隅で、最悪のケースを組み立て始めていた。
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