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第23話 二日目

◇大縁崖・ホッホブルク軍本陣


 二日目の朝。大縁崖の平原には、張りつめたような静寂がただよっていた。 


 崖に阻まれ、敵がいつ、どのルートから登りはじめているのか、崖上からは確認できない。姿が見えるのは、息も絶え絶えになった敵が崖の縁に近づいてきたときだけだ。


 ――ピイィィィィッ!!


 戦場に澄んだ笛の音が響きわたる。エレナさんが吹く、敵接近の合図。


「報告します!」


 情報を整頓したフレイヤさんが、小走りで本陣へ駆け込んでくる。


「大峡谷、および複数の中規模の谷にて、敵兵が崖上に到達しつつあります! ほぼ同時のタイミングです!」


「馬鹿な奴らだ! 昨日あれほどの犠牲を出しておきながら、また大軍を狭い斜面に押し込むとは!」


 武官の一人があきれたように鼻で笑い、周囲の武官たちも同調するようにうなずいた。


 だが、報告を受けた主力部隊――遊撃本隊の指揮官であるレオニー団長の表情は、きびしく引き締まっていた。


「油断するな! ……各部隊、出撃だ! やることは変わらん。障害物でモタついている敵の先頭をすりつぶすぞ!」


 レオニー団長の号令とともに、崖上に待機していた遊撃本隊が土煙を上げて疾走していく。


「西側谷筋、敵部隊接近! 数はおよそ千! ここは我々で抱えきれる数じゃない、絶対に仕掛けるな!」


 崖の縁を巡回していたイルザさんのするどい声が飛ぶ。


 死角が多く複雑な西の谷筋で、彼女とカリンさんの小隊は眼下にうごめく大軍を見るや否や、武器を抜かずにすばやく馬を反転させた。


 すぐさまエレナさんの笛の音が戦場に響き、遊撃本隊へ向けた伝令が走る。


 それから間もなく、あらかじめ谷の出口に作っておいた障壁で足止めを食らっている敵の大軍のもとへ、地響きとともにレオニー団長の率いる遊撃本隊が到着した。


 先頭を駆けるレオニー団長の左腕には、彼女だけに許された『赤地に黄色の紋』が描かれた小型の盾(ヒーターシールド)が握られている。


 そのあざやかな赤が、過酷な戦場において味方の士気を支える希望の旗印となっていた。


「蹴散らせェッ!」


 圧倒的な機動力で突撃をかけた本隊が、身動きのとれない敵の先頭をあっという間に包囲し、殲滅していく。



◇ケイ視点


 一方、中央の枯れ沢では。


「工作兵を確認! 数は十数名、これなら!」


「一人たりとも崖の上には立たせません!」


 ビアンカさんがあやしい影をいち早く察知し、ディアンさんの放つ正確な矢が、ロープを登ろうとする工作兵たちを次々と谷底へ叩き落としていく。


 距離のある東側もクロエさんが自慢の馬術で駆けまわって、こまめな報告をエレナさんに上げている。


 彼女たち軽騎兵隊が少数の敵を処理しつつ、大軍の動きを確実に伝達する。

 その情報網によって、遊撃本隊はつねに『敵が顔を出したポイント』へとムダなく投入されており、確実な各個撃破を続けていた。


 局地的な戦果だけを見れば、今日も完全にこちらの『勝ち戦』だ。


 ――けれど。太陽が真上に登り、そしてかたむき始めた頃。


 わたしは本陣から戦場を見渡し、背筋にじっとりとイヤな汗をかいていた。


「第一陣、後退! 第二陣、ただちに出撃せよ!」


「下がった者はすぐに馬からおりろ! 水を飲んで休むんだ!」


 本陣や後方では、部隊ごとにきっちりとローテーションを組み、兵士たちを交代で休ませる工夫がとられていた。


 後方に下がってきた遊撃本隊や軽騎兵隊の面々は、支給された水をあおって地面に倒れ込み、荒い息を整えている。

 呼吸こそすぐに落ちつくものの、彼らの肉体に蓄積されたダメージはごまかしきれないレベルだった。


 これは馬で移動し、局地的な数的有利を作って叩く戦術。

 とはいえ、広い崖上の各ポイントを一日中休むことなく駆けまわり、たえ間なく重い剣や槍をふるい続ける、というのはさすがに重労働だ。


 交代で後方に下がってきた兵士に、水筒が手渡される。

 しかし、ふるえる手はそれを受け取ることができず、水は泥の地面へとむなしくこぼれ落ちた。


 剣の柄を握りしめたまま、うつろな目で立ちつくす若き騎士。

 口から白い泡を吹いている軍馬。


 休ませている。食事も水分もとらせている。

 ――それでも、彼らの肉体はとうに限界を超えていた。

 

 前線から一時帰還したレオニー団長が、テントのイスにどさりと腰を下ろした。


 「おつかれさまです。これを……」


 ぬらした布と水筒を渡すと、彼女は「すまない、ケイ殿」と力なく笑った。

 その白磁のような頬には泥と返り血がこびりつき、水筒を受け取る手は小刻みにふるえている。


 あの無敵に思えたレオニー団長でさえ、二日間の絶え間ない本隊の指揮と突撃で、全身の筋肉が悲鳴を上げているのだ。


 そして二日目の夜。

 ようやく崖下からの不気味な進軍の気配がとだえ、戦場に暗闇と静寂がおとずれた。


 「……本日の被害報告を」


 本陣にて、エドマンドさんが重苦しい声でたずねた。


 「死傷者は……全部隊を合わせても百名ほどです。ほとんどは度重なる出撃による疲労からの落馬や、敵からの流れ矢によるものです」


 昨日と今日を合わせれば、すでに一万近いゼクセン帝国兵がこの崖下で命を散らしている。


 損失、一万対、百。歴史に残る大戦果だ。


 だけど、本陣に勝利の歓声は一切ない。


 広場には、布をかぶり、死んだように眠りこけている兵士たちの姿があった。


 彼らには休息が必要だ。一秒でも長く休ませなければ、明日は馬の手綱を握ることすらできなくなる。


「やつら……わざとやっているのか……?」


 武官の一人が、青ざめた顔でふるえる声をもらした。


「味方の命をなんだと思っている……! 」


 (……まずいよ、これ)


 夜風に吹かれながら、暗い谷底を見おろす。


 明日の朝、敵がこのまま同じ無策な突撃を繰り返してくれるなら、気力を振りしぼってまだなんとかしのげるかもしれない。でも、もし......


 (明日が、本当の正念場になる……)


 わたしはぎゅっと両手を握りしめ、静かに覚悟を決めた。




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