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第18話 布陣

 翌朝。


 目を覚ましたみんなの顔から、昨日のようなガチガチの緊張はすっかり抜けていた。


 あのささやかな演奏会が、少しでもみんなの心を軽くしてくれたのなら嬉しい。温かいスープで簡単な朝食を済ませて、ふたたび赤茶けた荒野を進んでいく。


 太陽が真上に昇り、そして少し傾き始めた頃。

 どこまでも続く平らな大地の先に、いきなり地面が大きく割れたような地形が見えてきた。


「あれが……大縁崖」


 思わず息を呑む。

 大地の端がスッパリと切り落とされたような、とんでもない断崖絶壁だ。

 恐る恐る下を覗きこむと、何本もの枯れ沢が複雑にからみ合って、細く狭い谷筋を作っている。

 そして、わたしたちのいる崖の上はどこまでも平坦で、視界をさえぎるものが何もない。


 「地図で見ていた以上の、絶好の地形ですね。ケイ殿」


 馬を寄せたセリアさんが、崖下を見下ろしながら感心したように声を上げた。


 「うん。これなら三万の大軍だろうと、一度に登ってこられるのはほんの一握りです。工作隊の皆さん、手はず通りにお願いします!」


 三百名の工作隊が素早く動き出した。


 あらかじめ目星をつけていた谷の出口付近に、持ち込んだ太い丸太や周囲の岩をどんどん積み上げて、敵を足止めする簡単な『防壁』を作っていく。

 彼らがそこで手間取っている間に、レオニー団長たちの遊撃本隊で一気に叩く作戦だ。


 工作隊が作業を進める傍らで、わたしはセリアさん、ミーナさんを含む二十人の精霊騎士――軽騎兵隊の各小隊長たちを集めた。


 「じゃあ、各部隊の担当エリアの最終確認をしますね。西の端は特に谷筋が複雑で死角になりやすいから、イルザさん、それに第十五小隊のカリンさんは特に注意をお願いします」


 「はっ、お任せを。このイルザ、ネズミ一匹通しませんよ」

「第十五小隊、抜かりなく警戒にあたります」


 年長で頼りがいのある豪快なイメージのイルザさんと、ヘアターバンのような布でおでこを出した髪型のカリンさんが、それぞれ力強く応えてくれた。


 「反対の東側は長距離の巡回になるので、精霊騎士団で一番馬術に長けているクロエさんにお願いします」


 「はいっ! 愛馬の足で 、どんな異変にも即座に駆けつけてみせます」


 カールした短い黒髪に身軽な装束のクロエさんが、自信満々に胸を張る。


 「中央の枯れ沢が密集する地帯は、索敵が得意で慎重なビアンカさん。そして、もし敵が登ってきそうになったら、弓の名手ディアンさんが上方から牽制して時間を稼いでください」


 「承知いたしました。怪しい影は一つ残らず報告いたします」

 「この弓にかけて、一人たりとも崖の上には立たせません」


 茶髪を編み込んでいるビアンカさんと、背中に大きな長弓を背負ったディアンさんが同時にうなずく。


 「それから、部隊間の連絡網の要所には、合図を伝えるのが上手いエレナさんと、情報分析がお得意なフレイヤさんを配置します。

 敵の動きがフェイントか本命か、しっかり見きわめて伝達をお願いしますね」


 「お任せください、ケイ殿。私の笛の音で、戦場全体を繋いでみせます」

 「状況を整理し、正確な情報を迅速にお届けすることをお約束します」


 金髪ショートで声がよく通るエレナさんと、前髪が長く知的な雰囲気のフレイヤさんも頼もしい返事を返してくれた。


 「ありがとうございます。他の皆さんも、事前に決めたルートを絶え間なく巡回して、どんな小さな異変も見逃さないようにお願いしますね」


 真剣な顔でうなずく二十人の小隊長たちを見回して、少しだけ声を張った。


 「それじゃあ、各部隊、持ち場へ! 索敵の網を広げてください!」


 指示に合わせて、各小隊が広大な崖の縁へと四方八方に散らばっていく。

 規則正しい蹄の音が遠ざかり、あっという間に崖の上一帯をカバーする警戒網が出来上がった。


 ――そして、夜。


 平原を吹き抜ける冷たい夜風が、赤茶けた大地を撫でていく。


 月明かりだけが頼りの暗闇。わたしは崖上から少しだけ小高い場所に陣取って、息を殺しながら眼下の深い谷底を見つめていた。

 工作隊の関所作りも終わり、あとはただ、その時を待つばかりだ。


 しんとした静けさが、かえって耳に痛い。

 セリアさんもミーナさんも、それぞれの部隊を率いて暗闇の中に溶け込んでいる。


 (来るなら、そろそろ……)


 手のひらに滲んだ汗をぬぐった、その時だった。


 ピィィィィィィッ……!!


 遠く離れた西の谷底の方角から、鋭く短い笛の音が夜の静けさを切り裂いた。


 それは、カリンさんが率いる第十五小隊が受け持っているエリアからの『敵影発見』の合図だった。


 「……来た。カリンさんのところだ」


 手綱をぎゅっと握り直す。


 ホッホブルクの命運を懸けたゼクセン三万の大軍との防衛戦が、いよいよ始まろうとしていた。




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