第3話 風読みの血族と枯れた大地
レヴィナ・フォン・ホッホブルクとしての生活。
それはベッドの上の退屈な時間から始まった。
身体が癒えていく中で、わたしはこの世界のこと、自分の家のことを少しずつ理解していった。
窓から見える景色に、風車や水車のような気のきいたものはない。荷物を運ぶのはもっぱら馬や牛だし、着ているドレスは装飾もなく、少しゴワゴワしている。
……どうやら地球の歴史でいうところの、中世? くらいの少し不便な世界みたい。
おまけに期待していた『魔法』なんて便利なものもないらしい。そこはちょっと残念。
コンコン、と控えめなノックの音がして、お父様のガウェインが見舞いにやってきた。
「ヴィナ、今日の具合はどうだ?」
「だいぶ良くなりました。……お兄様は?」
「レオンハルトなら、今日も国境の警備だ。まったく、また東のゼクセン帝国の連中が干上がった水源をめぐって、小競り合いを起こしているらしくてな……」
お父様は、ひどく疲れたように深いため息をついた。
わたしたちホッホブルク家の領地は、大きなガルム山脈のすぐ裏手にある。
開け放たれた窓から吹きこんでくる風は、いつも生ぬるくてカラカラに乾いていた。
(ああ、これは典型的なフェーン現象だな……)
山からの雪解け水や雨水を蒸発させてしまうこの悪条件が、慢性的な水不足を生んで、隣国との火種にまでなっているみたい。
天候という気まぐれなものに、領地全体の命運が握られている――
わたしの目に映るホッホブルク家は、そんな綱渡りみたいな状態だった。
窓の外を見下ろすと、中庭の片隅に設けられた祈祷の場にいるお母様が目に入った。大地の刺繍が施された白リネンの長衣をまとっている。
神様ではなく自然に宿る「精霊」に向けて雨乞いをするという、この地を治める領主家の大事な仕事『祈雨の祭事』だ。
「大いなる精霊よ、どうか我らが渇ききった大地に潤いを……」
真剣な声で祈りの言葉を紡ぐお母様の姿は、領民から見れば大地と精霊をつなぐ特別な存在なのだろう。
その背中を窓枠から見下ろしながら、わたしはつい、頭の中で色々な計算をしてしまう。
気温、湿度、風向き、雲の形。空のサインさえちゃんと読めれば、祈りに頼らなくても雨が降るかどうかくらい、ある程度は分かるのに……
どうすればこの世界の空を観測できるのか。
ベッドで身体を休めながら、わたしはそればかり考えていた。
◇
事故から三ヶ月。ようやくベッドから抜け出したわたしが真っ先に始めたのは、周りが首をかしげるような工作ごっこだった。
(さーて、始めますか!)
木の端くれと麻布で作った風向計。
厨房のお手伝いさんにお願いして手に入れた、細長い陶器の壺を使った雨量計。
羊の腸をうすく伸ばして作った湿度計なんて、ちょっとした自信作だ。
前世で観測機器の歴史にハマっていた時期があって、本当に良かった。
便利な電子機器がなくても、これだけである程度の観測はできる。
わたしは屋敷の庭や領地のあちこちに、手作りの道具をウキウキしながらセッティングして回った。
「今日の風向きは北西。湿度は……うん、少し上がってきてるわね」
羊皮紙に手作りの羽ペンでデータを毎日書き込んでいく。これが何より楽しい日課になっていった。
家族からは不思議そうな顔で見られているし、使用人たちの間では「事故のせいでお嬢様の頭が……」なんて哀れむようにささやかれているのも知っている。
天気は『精霊の機嫌』で決まる、と思われているこの世界。壺や木の棒を並べてブツブツ言っていたらどう見ても変な子だろう。
でも、地道な「気象観測」がただのお遊びじゃないと証明される日がやってきた。
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