第15話 軍議のあと
軍議の間での重苦しい空気がウソのように、別室として用意された領主の執務室には、どこか熱を帯びた静寂が漂っていた。
部屋にいるのは、エドマンドさん、レオニー団長、そしてわたしの三人だけだ。
「見事な作戦でしたね、ケイ殿。歴戦のバルテルも、ぐうの音も出なかったようです」
先ほどの軍議で見せた鷹揚な態度は鳴りをひそめ、エドマンドさんは丁寧な口調でいたわってくれる。
だけど本番はこれからだ。気を引き締めて、テーブルに地図を広げ直した。
「ありがとうございます。でも、作戦にはもう一つ重要な仕込みがあります」
「仕込み、ですか?」
レオニー団長が首を傾げる。
「はい。各谷の出口に、倒木や岩、土砂をありったけ積み上げて、強固な『障害物』を築いてください。目的は敵との闘いではなく、時間稼ぎです」
地図の各ルートを指差しながら説明を続ける。
「もしゼクセン帝国軍が二か所の谷から同時に上がってきた場合、本隊である遊軍がすぐに向かえるのは一か所だけです。どちらかの対応が必ず後回しになります」
指を動かし、谷の出口をとんとんとタップする。
「その時、後回しにされた側の谷は、本隊の応援が来るまで自力で持ちこたえなければなりません。だから、障害物で徹底的に敵の進軍速度を落とすんです」
(タワーディフェンスのゲームでも基本だよね。障害物を置いて敵が渋滞している間に、別のレーンの敵を急いで処理するっていうアレ)
「なるほど……。実に理にかなっていますな」
エドマンドさんが深くうなずいたのを見て、考えていた自分の役割を口にした。
「そして、わたしには崖上を巡回する『軽騎兵』の部隊を指揮させてもらえますか」
今回の防衛戦は、敵の主力がどの谷から来るかを正確に見極める『偵察』が生命線になる。
もし情報伝達が遅れたり、敵のフェイントに引っかかって主力が違う谷へ向かったりしたら、その時点で防衛線は崩壊してしまうのだ。
(だからこそ、わたし自身が機動力のある軽騎兵と一緒に前線を走り回って、直接情報を集めるのが一番確実)
心の中でそう決意を固めていると、エドマンドさんが真剣な顔つきで予想外の言葉を口にした。
「ケイ殿。いっそ、全軍の指揮を貴女が執る気はありませんか? 貴女の戦術眼なら――」
「ダメです。絶対に」
わたしは即座に固辞した。
「どれだけ正しい戦術でも、兵士たちは感情で動く人間です。ぽっと出のよく知らない小娘に『死地に赴け』と命じられて、誰が納得して戦えますか?
兵士たちの士気を保って全軍をまとめ上げるのは、彼らが心から信頼する、辺境伯であるエドマンドさんにしかできないことです」
率直な意見に、エドマンドさんは少し残念そうにしながらも「……分かりました。総指揮はこの私が執りましょう」と引き受けてくれた。
その言葉にホッとしたのも束の間、今度はとなりで聞いていたレオニー団長が勢いよく身を乗り出してきた。
「父上! ならば、私は軽騎兵隊に入ります! 最も危険な戦場で、私が先陣を切って――」
「却下だ、レオニー」
エドマンドさんの短くも厳しい声が、彼女の言葉をあっさりと遮った。わたしに対する態度とは打って変わり、父親として、そして総大将としての威厳に満ちている。
「お前は精霊騎士団の団長であり、我が軍の象徴の一つだ。本隊に残り、総大将である私の近くで全軍の士気を支える義務がある」
「うっ……し、しかし……っ!」
レオニー団長は悔しそうに唇を噛み、ちらちらとこちらへ視線を送ってくる。
(気持ちは嬉しいけど、エドマンドさんの言う通りだよね。彼女の求心力は本隊に絶対必要だし)
とはいえ、このままでは彼女が拗ねてしまいそう。
なので、苦笑しながらひとつ提案を出した。
「軽騎兵隊には敵の情報をす早く、まちがいなく伝える、高い能力が必要です。団長ご自身は無理でも……あなたの精霊騎士団の一部を借り受けられませんか?」
「……!」
レオニー団長はパッと顔を上げた後、ちらりとわたしの方を見て、ほんの少しだけ口を尖らせた。
「……分かりました。精鋭をえりすぐって回しましょう。ですがケイ殿、軽騎兵は危険も伴います。どうかご無理だけはなさらぬよう……」
しぶしぶといった様子で同意する彼女の顔には、(本当は私もケイ殿と一緒に行きたいのに……)という内心の不満がはっきりとにじみ出ている。
ちょっとだけ胸が温かくなった。
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